
4/20に発行されたcinra magazine vol.13に僕の記事が載ってます。「特集 それでも、東京に住みつづける」というコーナーの「東京に住みつづける方法」という、19人の方法論が書かれたうちの1人が僕です。
せっかくなので、どういう話からはじまってるかも書いておきます。(まずかったら言ってください>杉浦さん)
■お題
これは現在の東京が抱えている慢性的な土地不足から導き出されるフラットな都市計画への問題提起です。こういった問題に対して、cinra編集部は従来のような大型建築や都市計画ではなく、個々人の住空間や建築空間に対する意識=「想像力」こそが有効ではないかと考えます。都市の中でそれぞれがしたたかに生き抜くためサバイバル術。個人の想像力が生み出すオルタナティブな生き方の可能性を探ります。
■僕の答え
住空間に対する意識として、僕が提示していきたいのは、「なるべく綺麗な部屋で生活しよう。」ということです。この荒んだ世の中の一因に、物が溢れてしまったがためのゴミの増加があるのだと思っています。ただ、個々人の生活の中でさえ、掃除をすることの負担はそれほど小さくありません。今回は、個々人の直接的な工夫というよりも、工夫を考え実現できる仕組みとしての世の中を想像し、この負担と昨今話題のゴミ問題とを絡めた提案を考えました。
今、家庭ゴミは一定の場所に集めてそれを収集する仕組みをとっています。東京に住んでいて思うのですが、ゴミに関しては、でたらめなゴミの出し方を目にしたり、回収日が少なく出したいゴミが出しにくいなど、何かがおかしいと感じることが多いのです。個人の責任問題ももちろんあるとは思うのですが、ただこの現状をつくり出しているのは今ある仕組みと人々であることもきちんと捉えなくてはなりません。仕組みと人とゴミという3つの要素について考えました。
ゴミは、性質上、この世から無くすことは難しいと考えます。残る、仕組みと人ですが、今の仕組みの中にいるから、人の今の行為があり、今の現状があるとすると、先に変えることが容易なのは仕組みの方では無いかと考えました。そこで、ゴミを集めてまわる行為をやめて、持ってこさせる仕組みづくりを考えました。
まず、根本の考え方としては、この世から無くすことが難しい「ゴミ」というものを処理するために使うエネルギーは、同じように無くすことが難しいものであった方が良いということです。この案では、電車での通勤のエネルギーを使います。簡単な話です。通勤する人々は少量のゴミを持って駅へ行き、そこで集めるのです。
ここで注意が必要なのは、ただ持ってこいといわれても、面倒だという反対を受けてしまうことです。なので、ゴミに価値を与えます。ゴミを通勤のための運賃の代わりとするのです。(午前中の運賃を通常のお金で払う場合は高い運賃とするなど、なるべく代替しにくいような仕組みが必要です。)価値の大小は大きさには依りません。(最低限の大きさは必要とする。)

対象となるのは、燃やすゴミと燃やせないゴミ、カン・ペットボトルなど、袋に入れて片手で持てるレベルのものです。(その他は今の回収法でも良い。)
そして、ゴミ袋としては、今最も多いだろうコンビニやスーパーの袋が大きさとしては適当です。あとは、現状の運賃相当になるよう、このゴミ袋に適当な値段をつけます。運賃の代わりに袋代がかさむのであれば、個人としては納得しやすいと考えます。
その日にゴミが無い人は、通勤しない人のゴミを持って行ってあげるような仕組みも良いかもしませんね。あと、駅で集まったゴミたちは通勤の人たちがたくさん乗る電車で運べるようにすれば、ある場所に効率的に集める事もできそうですね。
今回の提案によりつくり出す、大まかな流れは以上です。以下は補足的な説明です。
「ゴミ」は、ゴミに変わった瞬間から時間が経てば経つほど、嫌なものに変わっていきます。毎日ゴミを運ぶことで、この変化を最小限にとどめることになり、より運びやすくもなります。また運ばなければならない「ゴミ」であれば、運びやすいような工夫をはじめます。これが結果的に生活の中に清潔さを導くと考えています。
また、リサイクルに関しても、今までの曖昧な仕組みに乗っかった抑圧的な投げかけではなく、この方法をもって「ゴミ」をきちんとコントロールできるようになり、今までよりも効率良く、様々なものがリサイクル可能になるのではないでしょうか。今、集める事に使っている労力を分別する方に傾ければきっとできるはずです。
おしまい。
杉浦さん。寄稿のお話ありがとうでした!楽しかったです。また何かあれば是非!
こんなアンケート結果も出てます。賛否両論。