← 運転、英雄、語句 | HOME

魚の骨、食べる物、お米

4D5056F0-D9D1-4160-92C0-79C34FCEC490.jpeg

魚の食べ方について。

僕に限った話ではないが、幼少期から食卓に魚が出るといつも、骨には十分に気をつけなさいと言われ続けていた。特に鯛の骨は硬く、喉に刺されば一大事であると聞かされていた。確かにその通りである。だが、20代中頃までの僕はあまりにも骨に気を奪われてしまって、魚の身を味わうことよりも口の中で骨を探すことに注力して食べていた。魚の身を箸で口へと運び、身を恐る恐る噛みながら舌の上で解くように小さな骨を見つけては口から出し皿へ戻す。こうして食べていると確かに骨の危険を避けることはできる。でもあまり楽しい食とは言えない。しかも、食べている最中も食べ終わりも綺麗とは言い難い。

そんなこんなで今の僕はといえば、魚定食屋さんの女将さんから綺麗に食べてくれるねぇと言ってもらえる程度には魚を食べるのが上手くなった。その一方、魚を食べるのが面倒だ、進んで食べたいと思わない、実際食べ方が綺麗ではない、ような人にもちょくちょく出会う。過去の自分の体験から思うのは、魚を綺麗に食べられないのは骨や皮を食べないからである。好みもあるから難しいところだが、大体の骨は食べるようにすると色々良い。骨の食べ方は単に普段の3〜4倍ぐらいの回数で骨を意識して噛む、これだけだ。

魚が苦手な人へより具体的に言っておくと、生から火を通したイワシ秋刀魚アジなんかの小骨は食べられる、鯖やホッケといった一夜干しは背骨以外食べられる、しっかりした干物は大きすぎない背骨なら丸ごと食べられる、ということだ。実際に食べられるかどうかの細かな判断は口に入れればわかるようになるから、その辺り意識して食べると良い。ちなみに、これは僕だけかもしれないが、骨髄を多く含む頭や背骨のような骨をたくさん食べるとちょっと気持ち悪くなるので、同じタイプの人はご注意を。

こういった話を僕が中学生の頃にでも両親から聞いていれば良かったのだが、幸か不幸かその機会なく自分で気付く機会を得た。とにかく、特にお子さんへはただただ魚の骨が危ないとだけ伝えることはやめた方がベターだと思う。

‪◆‬

‪種無しの果物が苦手だ。あれ、全部似た味になってるよね。ある特定の掛け合わせがあるんだろうか。種類はなんでも良いが種の中身を食べたことがあるだろうか。僕は小さい頃、梅の種の中身を時折食べていたが、種無し果実は果実全体があれに似た味になっている。便利なんだろうが平生食べる分には美味しくないと言える。大切なのでもう一度言う。種無しの果物は美味しくない。‬

‪◆‬

白いご飯を好まない子が増えているそう。洋食など派手な味のものが多いせいだとか、近頃の子のわがままだとか、舌がおかしくなっているとか、色々言っているが僕的観点から言えば答えははっきりしている。惣菜屋さんのおにぎりやご飯もの寿司類、安すぎる古米みたいなもの、無洗米、こういうものを食べる機会が多い子が白米は苦手と言っていると思う。

子の味覚について、甘やかしたからわがままになってしまったという場合も無いわけではないが、振り返って昔から今までの流れを考えてみれば、致命的な原因の一つは親の教育や子のわがままではなく、食品そのものにある。つまり、美味しくないから食べたくないのだ。

僕らの年代で顕著なものはグリーンピースだろう。チキンライスなどに色添えも兼ねて入れられるあれを嫌いな人は少なくない。人参も同じだ。あのあたりを嫌いになった原因は、グリーンピースをもっとも食べた機会が多かったであろうミックスベジタブルのせいだと思う。僕は子供の頃から冷凍庫の味がするあれらをよく思っていなかった。ただ、食卓に並んだものは食べきる習慣が強くあったので美味しくないと思い食べていた。

・シーフードミックス
・醸造酢
・サラダオイルの揚げ物
・昔の冷凍食品

この辺りも子供の頃からちっとも美味しくなかったので、多くの人の好き嫌いの原因を生んでいる感じがする。

上で挙げたような食品は今では大きな改善をしているかもしれないが、代わりにまた色々出てきていると思う。冒頭で挙げたご飯類は年々酷くなっていて、特に個人的には無洗米は本当にやめた方が良いと感じる。いくつか試したが、どんなお米も似た香りになってしまっていて、その香りがどれも同様に甘くて気持ち悪いのだ。コシヒカリに似せたのはわかるが本当にどうかしている。

通っていたお米屋さんが少し詳しく教えてくれたが、無洗米の機械の中はお米屋さんも何をどうしているか知らないという。ただ無洗米機メーカーの機械へお米を入れたら無洗米になる。玄米を削った糠を科学的に処理し、出来上がった白米に纏わせているそうだが、その処理に関する一切がブラックボックス化されていて、機械を導入したお米屋さん自体は手が全く出せない状態だそう。

そのお米屋さんとも、正直やっぱり美味しくないよねと言い合っていた。そんな人がなぜ売るかと言えば、買いに来る人がいるからだ。そんなに手間は変わらないだろうに。排水が濁り環境問題を生んでいると言う人もいるが、僕はそれが環境にとって深刻な問題だとは思えない。

あっとまあ、今回は環境の話じゃなく、お子さんが好き嫌いするとき、大部分は性格から来る拒否というか有り体に言えばわがままだが、そればかりではなく、どうしても食べないものには違う理由があると思ってあげてほしい。白米を食べないなんて理由は95%ぐらいそれが美味しくないからである。苦手すぎる子なら、きちんと炊いたまともなお米でまともでシンプルな炊き込みご飯でも作って、徐々に味をオカズへ移行していくような感じで何とかなると思う。お米の良し悪しがわからない人は焼物の釜を買って自分で米を選んで炊いて、4〜5種類買い替える期間ぐらい食べていれば必ずわかるようになる。

逆に言うと、それ無しにはたぶん分からないと思う。何をどういれてこの味になっていると理解した上で食べていない人は一生わからないかもしれない。誰かが作る色んな料理を食べているだけの人に、より繊細な味覚は絶対に育たない。食材を真っ当に理解していない僕も、このままの食を続けていても食材を扱う人の繊細な味覚には近付けない自信がある。どのレベルの味覚で満足するかは人それぞれだけど、子の好き嫌いぐらいの範囲で止まってしまうと本人がとても困るので、そこは親がなんとか考えてあげてほしい。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://journal.morld.jp/sys/mt-tb.cgi/447

コメントを投稿 / POST COMMENT

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)