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書きたいネタはだいぶ溜まっているのだが、良い感じにまとめるのがなかなか難しい。話題が繋がっていたり、先にこっちをみたいなこともある。順序立てて理路整然と書こうとは全く思っていないから余計に難しい。

まあ何を書くにしても、今後話題にすることは自虐的な内容が多くなる。だけども息子のプロとしては、自分が痛いからと痛い内容を避けることはしたくない。インターネットの世間に流れる言ってはいけないムードを少しでも打破したい気持ちもある。自分に棘がいっぱい刺さっても突き進もうと思う。

少し話は逸れるが、僕よりぐっと若い世代にある強い傾向を感じる。それは対面したときの会話の中で、当たり障りのない言葉があまりに多いと感じること。とても優秀な若者がいわゆる論理的思考というのだろう、軽い言葉を重ねに重ねて正しいようなことを言っている。半分ぐらいはそれが正しいことだと思えないし、そういう正しいことを言い合う会話をしたいとも思わない。思ってること、本当のことを言えば良いのに。僕はそちらに関心がある。

若い人たちは社会を陰鬱なものと思いすぎているのだろうか。リテラシーの育成が悪い作用をしている気もするし、親からの影響も大きいのだろう。防御のための理論武装は自分の意思を損なわせることに繋がる。長く短い人生では理論じゃなく自分の意思で武装した方が面白いし役に立つと思う。

そして、こういう状況を利用しようとでもしているのか、今のインターネットには嘘や悪意が満載だ。Googleが教えてくれることは本当のこと良質なこともとても多いのだが、ある領域では悪意が渦巻いている。人の役に立とうとしているGoogleがそういうことを放置している現状にももちろん問題は大きい。しかしそれ以上に、親になった人たちがそのことに気付いていないか、気付いても言わないか、どちらかはわからないが問題に対策したり解決しようという流れが世間的に出てきていないところに危うさがある。

横山は果たしてインターネットの何を見て悪いと言っているのか。。。と思った方のためにも簡単な例を挙げておく。ウィルスやマルウェアのようなものはみんな危険だと認識しているだろう。それ以外で身近で目に見える良くない例としては、eメールが開発され使われるようになって以来、迷惑メールをどうにかしようとする動きが少なすぎることだ。専門家は注力して取り組んでいるだろうが、その他の一般の人たちの意識はそれほどこちらを向いていない。この問題に真剣に取り組まない判断基準としては、関わらなければリアルに影響はないから、ということだろうか。もしそうであればこの判断基準は実は結構危うい。警戒すべきはウィルスと分かりやすい詐欺、あとはカードの不正利用ぐらいに思っている。でもそのうち深刻な問題になってくると思うが、Googleで検索をして表示される結果上位5-10ページ分ぐらいを占める嘘で固められた情報群を目にする機会も少なくない。(この内容についてはまた別の機会で詳しく書くつもり)またGoogle以前に、ここは本当に日本だろうかと感じるような、情報統制とも言えなくはないようなことを平気でやっているプロバイダさえある。色々なことを体験してみて、こういうことは自分の中だけのことにするときっと実害が増える一方だろうと感じたので、同じように感じている人、危機感を感じてくれる人が周りに増え真剣な取り組みが増えるきっかけになるのなら、僕ぐらいは言いにくいことをはっきり言っちゃう痛い子でいようと思って書いている。

さて、関係のない前置きが長くなりもはや本題になりそうだったが、ここでようやく本題に入る。いきなりお前が言うなという話題だ。結論を簡単に言うと、子を産むなら20歳そこそこが良いということだ。当たり前といえば当たり前なのだが、それでも世間の波はそっちを推そうとしていない。例えば40歳の僕が子を持つとする、子が30歳のころ僕は70歳だ。青年30歳の心境や状況はというと、30歳を経た皆さまならわかると思うが、既婚未婚や子の有無にかかわらず多くの人は安定しているとは思いがたい。当人のおかれる立場に立つと、運が悪ければ70歳の親の介護など大きな負担を抱えることもあり得ると少なからず考えるだろう。それは必ずしもマイナスではないが、子にとっての、良い人生の一助になるものでもない。

子の夢や願望に対して、叶えてあげたい、なんでもしたい、と口に出す人がいる。そう言うことで子の良い将来がやってくるかといえば、それはそうでもない。親の面倒、親族とのあれこれ、お墓のこと、などなどを考えると、「○○になりたい!」っていう子の浅慮な気持ちに大きな疑問を投げてあげることがないのは問題で、後々おかしなことが起こってくることもある。

なんでも叶えてあげたい気持ちはとても前向きな愛情だ。でも、そっと裏返すと実は問題のタネを植え付けていたり、そもそも子にネガティブなことを言いたくない自分の気持ちの表れでもあるかもしれない。親の尊厳、自分の見栄、何故か不遇な時代と信じ憐れむ気持ち、自分の不幸な体験の逆を与えようとムキになること、こういうことがもし隠れているのであれば、そのオモテ側の愛とは一体何であろうか。これはとても個人的で微妙な話題だ。線引きなどできない、自分で考えるしかないものだ。

ここで、僕の祖母のことを少し書いてみる。彼女は僕のことを盲信的に愛してくれていた。35歳にもなる僕に、ひろちゃんが一番かわいいんじゃ、と言い続けていた。亡くなるまで、例え認知症が進んでも僕にだけはほぼ変わらずに愛情をくれた。そのことは本当に僕の財産であるが、一方で、おばあちゃん、本当に嬉しいのだけどごめんねという気持ちも大きかった。僕が祖母から離れて暮らしはじめ15年、前半は遠くとも頑張りんさいよと応援の声をくれていた。その後も態度が変わるわけではないが、後半には再び一緒に暮らすために岡山へ帰ってくりゃーえーが、と言ってくれていた。しかし、岡山へ帰って僕ができる仕事は限られると思っていた。当時好きだった人もいた。

祖母が亡くなってから時折、彼女の人生や暮らしを静かに思い浮かべている。祖母は割りと若いころに夫を亡くした。それ以来、子を育てるためにも自身で仕事を懸命にがんばっていた。若い頃から花が好きで年をとっても生け花を人生の一部にしていた祖母は、僕によく花のことを教えてくれていた。僕が物心ついた頃から膝が悪く正座ができない、走ることもできず歩くのもとてもゆっくりで、ほとんど常に痛みを感じていたかもしれない。そんな祖母はゆっくり動くことはできるものの、活発に動き回ることがままならないので、生活するための行動以外では1日に数回お花と接する時間があるだけで大体ずっとベッドにいてテレビを観ていた。テレビに映る美しい景色を、きっと実際に見たいなと思っていただろう。美味しそうなもの、バレーボール、旅行、恋愛、家族、感動などなどあらゆる体験や感情に繋がるそれらを、ままならない体で観ていたのだ。その気持ちを厳密に想像することはできない。でも、あらゆることへの願望が形を変えて僕に届いていたと思った。それに早くから気付いていれば何か違っていたかもしれない。僕の踏ん切りがつかぬまま祖母は亡くなってしまった。

これは別に悲しい物語でも、僕の深い後悔の念でも無い。よくある普通のことだろう。普通のことではあるが、自分の人生をできるだけしっかり受け止めることをしない人は多いのだ。夢がある理想がある自由があると掲げたものの眩しさに引き寄せられているだけだ。

しっかり受け止めようとするのであれば、状況を冷静に少し長いスパンで考え、不足しているなら子の大学進学や都会での一人暮らしなんか認めてはいけない。この不足かどうかの判断とは、自分の年収や貯蓄が多い少ない、資産が有る無いに限るようなことではない。例えば僕の場合。これから、仮に僕が二人の子を授かるとする。横山家にいる僕というだけでなく、横山家にいる僕の父の子であり2児の父でもある僕ということから、この二人の子に人生をしっかり進んでもらうため僕にできることを考えて、責任を持って行動、決断することが必要だろう。そう思うと、我が子らにやりたい仕事やチャレンジが強くあるのであればそれを後押しできれば良いが、そういう強い意志がないのなら、進学するならうちから通うようにと子の外側から決定をするだろう。それは僕の意地悪でも利己的な強要でもない、覚悟を持って子らの人生の条件になるということだ。

子に対し、自分がこの子の人生の条件だと自覚している人はどのぐらいいるのだろうか。持ったことのない僕が言っちゃうが、子を持つということの責任とは健康に育てること、しっかり教育すること、立派で自由な人生を歩ませることなんかではない。それは責任でも覚悟でもなく願望だ。この子の人生の条件に自らを据えること、それとその条件を克服し得るだけの心身になるよう支えてあげること、こういうことを成し遂げることが責任を持つということだ。親戚付き合いは面倒極まりなく、お墓など時代遅れだ、と軽く言っている人は、自分がいかに覚悟から遠くにいて、当人たちの性質にもよるが責任を果たせない可能性があるかということをよく考えてみてほしい。

親戚や友人との人間関係、土地に対する愛着や理解、こういう資産は子の人生にとって大きなものになる可能性が高いものだ。でも進路を決めるとき我が子から、東京が良い!東京へ行くんだ!って言われ喧嘩になることも想像できる。家族構成や親族一同の状況次第だが、明確な目的、何とか大学の何とか教授のもとで勉強したいとか弟子入りしたいとか、そういった意思でもない限りは、親子の折り合いが最悪になっても、なんだかんだ言われても絶対に曲げないことも必要と思う。地元にいて大学を経て、本人の気持ちが固まるなら可能な範囲でどこへでも行けば良い。親としては自由にさせたい、都会での経験は重要だと迷うかもしれないが、たかが4年のことだ。意思が明確でない子に対しての、たった4年間の制約から大きく損なわれる人生なんてないのだ。向こう見ずに都会へ出ることのリスクを見据えられるのは間違いなく親だけである。意思を持っていない子の願望を尊重するかどうかはよくよく考えなくてはいけない。

前に書いた「自由について」に通じるが、子を守りたい親の気持ちは目に見えるものだけに留まっていてはいけない。ある自律の後に開けることが本当の自由であると思う。

体の使い方

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20代の中頃には色んなことを考えていたが、その中で大きな関心の一つが自分の体のことだった。これは健康のことではない。身近な友人は僕が健康を害していたことを知っているが、それはある程度のトライ&エラーによって心情的には落ち着いていたし、運良く回復した。自分の体のこととは、自分の体をどう動かせているのか、ということでそこに大きな関心があった。

自分が指を、ここでは小指を動かすことを考えてみる。まず普通にやってみる。ありがたいことに五体満足なので普通に動く。それはそれで良いのだけど、ここで念力で物を動かすみたいな感じで自分の指をじっと見つめ、動けと頭で思ってみる。動かない。この2点の間をずっと探っていた。できるだけ集中するために寝転び目を瞑り、そして動けと頭で思ってみる。やっぱり動かない。で、何の気なしに動かす。ひょいと動く。これは一体。。。と未だによくわからないけど、こういうことをしていて、日常の体の使い方に意識が向くようになった。(状況を冷静な態度で思い出せば、我ながらバカみたいだが)

色々な経緯の後、大きな気づきの一つは歩くことだった。わかりやすい例を出す。これは男性の方ができていない人が多い。靴の事情が大きいのかもしれない。肩で風を切りながらあるくアッチ系の人を思い出してみてほしい。股も開いてドシドシと歩いている。あそこまで意識すればそれはそれで良いのだけど、あの足の動き。つま先が前を向いていない、大げさに言えば横を向ききっている。この想像を頭に残し自分の経験を思い起こすと、20代の前半から後半に差し掛かるに従い、足の動きが緩慢というか意思が弱いというか無いというか、進む意思はあって骨は動かしているけど肉は勝手についてきているような状態の自分を思い出せた。それでこれがどうかと言えばつまりは、自然につま先が横を向き始めていたのである。

これに気付いた時、歩くとき僕は一体何を考えていたのかと思った。何も考えていなく、ただ自然とやっていただけなのだが、そこに大きな問題を感じた。さっきの小指が動く・動かない話と同じように、家を出て駅まで行こう!と自然とやっていただけなのだが、駅まで行くという頭を使った行為であればもっと意思を反映させられるはずだ。意思がなく惰性から行為を行うから、つま先がどんどん自然と前を向かなくなったんだと思った。

そこで、歩き方を自分なりに見直してみた。僕は高校生の頃とても好んで弓道をやっていたので、足腰のバランス感覚がわりときちんと身についている。(鍛え上げて、しっかりしているという意味では無い。自分の形がどうなっているかの体験が積み重なって感覚を維持できている感じ。丹田。)そのおかげもあって、前に向かって歩くとき、つま先を前に向けしっかりと地を蹴り前へ進むことが割とスムーズに行えた。5年ぐらいはかかっただろうか、あまり意識しないでもつま先が前を向き歩くことがごく自然に身についた。この経験から思うのは、地を蹴り前へ進むように歩くととても楽で効果的、それにお腹に軽く力が入っているから全体的な姿勢としても楽ということ。

こういうことにすごいなーと思う一方で自らを省みると、母から「ピシッとしなさい」「シャンシャン歩いて」と言われていたのを思い出した。言われた当時小学生の僕はと言えば、何度も言うから気にされているとはわかるものの、正直何のために言っているのかは分かっていなかった。もう少し言えば、母が言うようにするには力が必要で維持するのが結構辛かったのを覚えている。しかし、ここに届いていない意思の疎通があったわけだ。両者の関係は至って良好(僕はそう思っている)だが、体の動きなんてごく当たり前のことだし言語化してコミュニケーションを取るのが難しいことは、当然ながら深く話題に出ることもなく時間が流れていった。

もし母と僕が、体の動きについて突っ込んだ話が出ていたなら、きっと僕は走るのが一段と早い男の子としてモテモテで今ごろは結婚して大家族だったんじゃないかと思う。謎

戯言はさておき、足の動きと自分の移動については、伝えにくいし聞き取りにくいけど、子と深く話をするべきことの一つだと思う。息子のプロが言うのだから、気楽に試してみてほしい。あとは、同じことを繰り返し言葉にしても子には伝わらないことはよく思い出すと良い。静かにしなさいを伝えたければ、こうこうだから静かにしなさい、なんて言い方をせず、他の道を考えましょう大変だろうけど。理由をつけても言ってること同じで、それは説得でしかないからね。

あと、こういう話は道具を使った行為についてはよく言及されている。鉛筆、箸、鉄棒、自転車、バットやラケット、スポーツ全般、ハサミ、針、包丁、鉈、竹うまなどなど。こっちももちろん大事だけど、これが上手くなるためのことでもあるから足も含め指、手、腕、腰など、出来るなら少しずつ順番にでも色々意識すると良いと思う。特に腰はやはり重要と思う。でも腰が一番難しいかもしれない。とにかく時間をかけて反復する必要がある。

自分の声

自分の声の大きさと、自分の感覚や知識の差が大きい人は、声の加減を身に付けることに注力した方が良い。声の大きさに任せていては、せっかくのものが成長することなく失われていくから。

息子のプロ

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早いものでもう40歳になった。不惑という心境に至っているとは思いがたい僕ではあるが、数年ほど時間をかけ、ようやく考えることや考えることをまとめることができる心情に戻ってきた。少しずつになるだろうがふつふつと湧き上がる考えを書いたり、20代のころ考えていたことにツッコミを入れて話を膨らませたりしてみようと思う。(まあ、まだ状況が安定しているわけではないので、かなり不定期になるかもですが、なにとぞ生温かく。。。)

僕は40歳にもなったのに子を持つどころか結婚にもまだ至っていない。結婚したい気持ちは10年以上変わらず持っているが、なかなか難しいものだ。周りの友人たちがどんどんと父や母になっていっているのをみて、焦るような気持ちは出てこないものの、相変わらず僕は外れているなと改めて自分のいる位置を確認しているようなこの頃です。

さて、人が生まれて育ち大きくなって恋をして愛を育み親になる、こういう人生の、人間の成長の流れがある。20代に親になれば、40代にはもう親歴20年、子も20歳という状態である。一方、僕はといえば40歳までずっと息子だ。これはもう息子のプロと言っても差し支えないと自己を正当化したい。自分がある面で結果を残せていないことを擁護したいわけではないのだが、息子のプロでやってきたからこそ、とても冷静に自分を見ていることは想像してもらえるのではないだろうか。そんな息子のプロな僕には子の将来にとって必要じゃ無いかと思うことがいくつかある。真っ当に親になった皆さま、アマチュアな子の皆さまにとって、有意義な内容になっているかどうかはわかりませんが、まあそういう観点もあるかと思って読んでもらえたら幸いです。

※写真はたんぽぽ。最近、妙に写真にはまっている。