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現状について

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少し前に、僕のおばあちゃんが戦争で疎開したときの話を聞いた。

岡山は空襲が来るけーゆーてな、私はな、山の方の実家に(たぶん娘:僕の叔母と一緒に)疎開しとったんじゃあ。そりゃあおそろしかったぁ。怖かったわ。(戦争が)終わってから戻ったけぇど、うちのあったへんまでが焼けてしもうとった。近所の人がどうせられたんかはよぅわからなんだけど、うちのお父さん(僕のおじいちゃん)に後から聞いたんはな、ぎょーさんの人が(避難所みたいなところに)逃げたんじゃけぇど、あんたのお父さんと旭川に逃げとったけぇ、無事だったんじゃーゆうて言いよったんよ。

僕はこれを聞いて、避けられなかった人は多かったんだろうと思った。

この話、空襲怖いよねとか、疎開大変だよねっていう話もあるけど、僕が思ったのはそのことじゃない。空襲があるから疎開したっていうことについて、当時の状況とか生活背景みたいなものを思った上で、疎開した理由が「空襲があるから」ということについて想像をした。

そんな話、誰から言われれば信じられるだろうか。岡山に、っていっても個人から見れば広いものだし、まず最初、うちは違うよねぇって思いそう。どんな情報源でも、今でさえ、起こるまでは本当に信じるのは難しい。でも、運とかじゃなくて、ちゃんと避ける人もいる。この人たちはなにを信じたのかと思いました。

もう少し違う例えをして、戦争がはじまるときや終わるときの想像をしてみる。「戦争が始まりました」とか「戦争は終わりました」って、こういうことを誰から言われれば信じられるだろうか。「戦争がはじまって、そこは危ないから逃げてほしい」と言われて、積み重ねた日常のほとんどを捨てて動けるだろうか。爆弾が降ってくるようなことでさえ、にわかには何かを信じるのはやはり難しい。社会のことのようでいて、自分のことなのだと思います。

社会全体として、様子見の仕方がちょっと変じゃないかなとずっと思っています。僕が言いたいのは、危ないから!ってことじゃなくて(いや、実際危ない確率の方が高いと思うけど)、ちょっと感覚がおかしくなってないだろうかってことは常に考えておかないといけない時期なんじゃないかなってこと。

近頃はあまり聞かない話かもしれないけど、お父さんが単身赴任するのって、まあ割とある話と思います。だからといって、家族が離れちゃうならもう離婚よ!とかってならない。サラリーマンとか企業が中心の社会よりもずっと昔の、出稼ぎだって同じだったんでしょう。

うちの祖父は仲間たちと山の方に仕事で出ていって戻ってこないことが度々あったと母から聞きました。でも、出稼ぎに行くことは家族にとっては必要なことだったんだと思うし、帰ってくることは喜びだったんでしょう。必要なことのために動くのは当然だと思う。

でも今の状態をみると、仕事の都合、つまりお金のことがきっかけだと動けるのに、子の健康が害される可能性がきっかけでは何もできないっていう状態にみえる。僕はどちらも必要なことだと思う。このへんから、これは少しおかしくなってるんじゃないかなって思うのです。

何でそうなってるのかはわかりませんが、そこまで何も起こらない確信がある人って少ないと思うんです。排ガスだって、タバコだって、光化学スモッグだって、農薬だって、黄砂だって、健康には悪影響があるのだし、リスクで言えば、強盗だって、交通事故だって、いじめだって、過労だって、死のきっかけはたくさんあるのだから、今さら放射能ごときではなんてこと無いよ。ってことなのだろうか。

僕の放射能感は、いわゆる公害レベルの事態になるんだろうという感じです。水俣病が当時何か危ないんじゃないかと意識され、県がその地域の漁獲を禁止するまで15年ぐらいかかったという話を読みました。その間、ある特定の魚が捕れなくなったり猫が狂死したりしてたのに15年。認めてもらえないと認められないのはおかしいことでしょう。社会が害を認める5年か10年後には、また社会状況や経済状況もがらっと変わってるのだろうけど、認められないものから身を守るには、補償とか保障とか言ってないで自分が動く以外無いと思う。保障で健康や命は戻ってこないことは明確でしょう。

ただ、お金が無いと暮らしていけないのは身にしみてよくわかる。わかっているけど、家族よりお金の方が大切っていうことを無意識に(もしくは暗黙の割り切りで)受け入れていることになってしまっていないだろうか。様子見っていつまでそのままなのか。こういう状況で様子見するなら、離れてから様子見するのが普通なんじゃないか。きっとこういう風に迷ってる人も多い気がする。そう。これはとても難しいんですよね。人生が変わっちゃう気がしますから。変わっちゃうっていうか制限が大きい感じがするという感じですかね。子のいない僕が言うのはお気楽なもんですが、僕ですらそういう感じがあります。

様子見をしているうちに、本当は安全性がはっきりしてくれば嬉しいのだけど、逆に、危ない確率が上がるような情報はどんどん集まっていると思います。これだけ材料があれば、他のところに住んでいる人が、福島で死ぬまで稼げる仕事があるからといって福島へ引っ越そうかって気持ちになるんだろうか。それは、瓶が地面に埋まってて実は放射線量が局地的に高かったけど健康には害がなかったよね、ってことぐらいでひっくり返るもんじゃないでしょう。悲しいことに、チェルノブイリでは間違いなく問題があったわけです。

大地震から、もう半年以上が経ちました。あの地震以来、原発のことで好転した打開できたことってあるのかなって思うと甚だ疑問です。放射線量は徐々に増えています。いや、増えていますっていうとちょっと言い過ぎになるとしても、まあ間違いなく減ってません。時間が経てばある程度は落ち着く種類のもののはずが、減ってないってことは、未だにあそこから塵となって舞っているということだと思います。現場の人はすごくがんばってるだろうのに。

僕の中での話ですが、以前のバランスに気を取られて、意識というか感覚みたいなものがおいてけぼりになってるような感じが少し。そろそろ落ち着けるはずだし、おいてけぼりにしておくと戻ってこなくなってしまうかもと思う。例えの例えになるけど、丹田に意識がある状態、のような生き方過ごし方というのがある。そういう感じ、僕らはなかなか普段の生活で持てないけど、それは生きていくうえでは大切なことだと思う。大切なのだけど、それがなくとも、今の僕らは致し方なく、歯を食いしばる時期なのだとも思う。制限とか変化ぐらい、我慢できるしどうとでもなる。

僕らの体は基本的に、外側からの刺激には強く、内側からの刺激には弱いものだと思います。おなじ1Svでも内と外だと影響の度合いが違うってこともよく言われていますよね。日常で言えば、こけて傷ができても、外側は再生(というか代謝?)が活発だからまあ平気なわけです。でも、内側がどのぐらい弱いかと思うと、本当に侮れないと思います。アレルギー反応が体の内部に出ると死んじゃうよとかって話もあるし、どっかでは内部被ばくは外部の6倍の影響があるなんて数字も見かけました。

ここのところ、すごい線量の放射性物質が埋まってるっていうニュースをちょくちょく見かけますが、あれ本当のところ何なんでしょうね。あんなにたくさん埋まってて本当に影響がないんならもしかして・・・と思う気持ちはありますが、何か変な感じがしますけどね。害が無いならそりゃ嬉しいですが、無いならチェルノブイリだって平気だったんじゃないのとは思います。その情報が嘘、というか原因が別にあったならわからないですけどね。情報って難しいですね。

病気になるかどうかの想定を、とりあえず数字を追いかけてがんばろうとしている人はたくさんいるんだと思うけど、ちょっと気になったことがある。これは僕の想像というか妄想ですが、自殺しちゃう子がいないと良いなって思いました。

「お父さんお母さんがすんごいがんばってくれて、私もそれに順じ、応じ、がんばってきたけど、それでも私は癌になってしまった。」と、思ってしまった子が、その申し訳なさに、状況次第ではあっさり死んでしまうのではないか、本当は治る病気かもしれないのに。とか。

この状況というのは、家庭の中のこともそうだけど、友達で話していることの中にもきっかけはたくさん隠れてるんじゃないかなって思いました。みんながみんな、行動がどうあれ心配はしてるわけだから。

まあ、割とはっきりしてることは、あそこまで壊れた原発はそう簡単には直らないってこと。壊れた容器を直すってだけを思うと何となくがんばればできそうな感じってありますが、作るだけでもとても大変なあんなでかいものを、水や気体といったすごく細かいものが漏れない精度で、撤去せず壊れた部分を修復する技術なんて現実的ではないと思うけど。特に建築に携わってる人は実感できるはず。雨漏りだって難しいもの。やってもやっても追いつかなかったりもしそう。慌ててしまっていて隠さなきゃっていう考えだと止めようもないことのように思う。

地震以降、ここに書いてる色々な話を読んで、たまに心配をされることがある。まあ、暗いねっていう単なる感想などもあったりして、確かに明るい話題はここのところ少ないけど、僕の考えてることってもともとそんなもんだし、精神が鬱屈して放射能が心配で夜も眠れないなんて事は無いので、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。書けば書くほど説得力ないかもですが、僕はとても元気です。笑

ただ、僕が今、本気で受け止めようとしているのは、今までにないぐらい、自分の考えと自分の生活とその行く先が連動している状況があるってことぐらい。今まで普段考えてきたことって、大体のことは自分の生活にダイレクトな影響が無いことの方が多い。まあ日本がそういう社会になろうとがんばってきたってことだと思うけど。よくわかんないけど、幕府の悪口を言ったから打ち首になるとか、戦時中にあったような命を揺るがす決断なんて、普通はそうたくさん欲しいものじゃない。

でも、ここにきて、放射能のこと、お金のこと、法律のこと、みんなそれぞれが生きる指針のこと、なんでもかんでもが、結構な近距離で動いていて、見過ごして良いことももちろんたくさんあるけど、視界に入ってこれだと思えばばしっと押さえないと自分の生きていく指針が定まってこない、ぐらいの状況がいきなり始まったって感じがします。なんとなくですが。

上の写真は、少し前に行った今治の漁港にあった生活の道具。市場が終わってからは、おばあちゃんたちがこの荷車を押して魚を売り歩いている。荷車の上がまな板みたいになっていて(荷車の右側に乗っている板がそれ)、売れた魚はそこでおろされてたりしているみたいで、魚の内臓と血まみれの包丁を乗せたまま、おばあちゃんが押して歩いていた。今治もまた、独特の進み方をしているなと思いました。

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