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政治

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都知事選があります。ようやっと政見放送を見終えたので、そこから、気になる方は少し突っ込んで調べて、どなたに投票するか決めました。(本当は二人のうちで迷い中。)

こんなときに、やらなきゃいいのにと思ってしまうのと同時に、そういう成り立ち方をしているのかもしれないとも思いました。トップが変わっても組織の大勢に影響が出ないような、そういう成り立ち方。企業もそういう成り立ち方をしていますし、集団として機能するものはそういう感じのことが多いです。とても都合が良いですよね。そう、都合が良いのです。

あと逆に言えば、大きな方向転換をしようとしても、すぐには転換が難しい成り立ちとも言えます。政治のやり方って、これで良いのかと思ってしまいました。この仕組み、僕らにあってるんだろうか。年々連なっていく、流れのような仕組みはできないんでしょうか。自民党に代わって民主党がぐっと出てきたときにも同じようなことを思ったんですが、ああいうときでも、前任者が後任者にきちんと繋がって何かが手渡しされていく印象は無かったように思います。

選挙にしても、順位を決めるのって必要と思いますが、誰か一人に決まった時、他の人は次回に当選する方法を探るんじゃなくて、当選者をリーダーとして自分が気になる問題を解決しようと努力する事ってあるのでしょうか。「派が違い、志向が違うから、私が思い描くみんなの幸せは描けない。だから次の機会で。」仮にこうだとしたら、なんか、もうちょっと協力できるような仕組みにならないものかな。

僕の今回の投票は、今の東日本の緊急事態から抜け出す努力を惜しまない、かつ比較的有効に機能させることができるだろう方にいれたいと思っています。選挙があるからには投票しないってわけにもいきません。でも、選挙とか政治とか、そういうことももう少し考えてみてほしいです。

僕が仕組みに対して思うのは、誰かがずるをしないかどうかを見張るための仕組みであって、何かを実現するための仕組みになっているようにはあんまり思えないということです。そんな仕組みだからそんな人が集まるんじゃないのと思ったり。状況によっては、確かに有効だと思いますが、見直せる気がします。

政治絡みで、つい先日、永田秀次郎さん「市民諸君に告ぐ」の抜粋を読み、語った方、受け止め動いただろう方々を思い、すごいことだなぁと思いました。この関東大震災から10数年で東京大空襲。それでも、いま東京がこうしてある。本当にすごいことです。

ここからはさらに難しい話なんですが、大打撃が無いと、みんなで決める事はできないんでしょうか。今回で言えば、放射能で何万人もの方が亡くなるとか、そういう事態が無いと変わらないんでしょうか。チェルノブイリで鉄砲玉のように亡くなってしまった3名をしても、ウクライナというか旧ソ連の地域では、原子力発電所をやめたりはしていないと聞き、社会はどうすれば変わるのかと思いました。

今、Yahooのトップページをみて、よし電気使ってないなと思う方と、毎日電気をたくさん作ってるなぁと思う方がいると思います。今のタイミングで電気についてはこれまたとても難しいのですが、Yahooの人が50%以下の切り捨て表示を思い直すような社会の動きが生まれると良いのに。よくある日常で言えば小さな事、緊急のときには大きな事が、何かに乗らなくても良い方向に流れていくことはできないのかな。複雑過ぎるか。うーん。でも、なんか、なぁ、と思います。

 

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