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冷戦思考

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近頃、僕が考えるときによく気になっていることの一つに、冷戦思考という考え方というか、捉え方があります。この捉え方を知ったとき、ちょっと驚きました。そのぐらい日本とか社会とかに前提として馴染んでいたから。

冷戦思考というのは、絶望的な手段の一つ「核を使う」っていう可能性があることを日本においての前提として、ソ連とアメリカの関係にあったような、いわゆる冷戦の関係を色々な国に対する信頼感の評価の一部に組み込んでいるような、そんな考え方です。(と思います。)

簡単に言えば、あの国は日本に核を使って侵略してくる可能性を持つ、つまり、そのぐらいこちらのことは考えないというような感じです。確かに、アメリカや中国、北朝鮮という強い国、激しい国に対して、僕らは核の可能性を感じてしまいます。僕らが核を使うイメージを持っている相手に対しては、些細なことであっても、どうもこちらに被害が出るようなことを平気でやってくるような感じを抱いてしまいます。

これは、社会の歴史に出てくるような史実に基づいた印象から生まれる感情なのだと思いますが、例えば、あるアメリカの方と話をするときに、ここまでの危険を感じることはあまりありません。漠然と、全体で捉えるときにこの思考は生じやすいと感じます。あってないようなものだとも思えたり。

もう一つ例えてみると、アメリカから大量の食料を輸入していることについては、「どうやって作っているか、わかったもんじゃない。国産の方が良いに決まっている。」というような気持ちを抱いてしまう方も多いように思います。

でも、この考え方も随分と安穏としているというか、国産なら大丈夫かと言われれば、それぞれの生活を守るためにそれぞれがやっている仕事の結果が、多くの人の生活をきちんと守れているわけではないという現状も、普通にある話で、このあたりは責任の取り方にまつわる問題も含んでいます。

というあたりまで書いたのが去年。そして、今。

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~NHK_1」をみつつ、共産主義派と民主主義派の戦いかーなどと思いました。でも僕的には、柴田秀利さん(日本テレビをつくった人)の判断が良く無かった気がします。昔の事だし、戦争敗北直後でもまだあわよくばというか、隙あらばやったるで的な思考があったのかもと思ったり。まあ、なっちゃった事はしょうがないんですけどね。

この話は別に隠されていたわけではなさそうです。ただ、これを知って、ああ、こっちは違うんだなって思えない人が多すぎたのかもしれません。そこから膨らんだであろう、集団での正当化ってのは本当に怖い。

少し話が飛びますが、もしかして、軍事利用を動機につくられたものに、ろくなものはないのかもしれない、というようにも思いました。ジャーナリズムもおかしいのかも。(ジャーナリストがおかしいっていう意味ではないです。)仮に、早さと正確さが重要なのが報道だとすると、報道の性質は自ずから決まってきます。報道でも情報でも同じ事で、ここについて少し考えてみようと思いました。

 

あと、今の社会について。世界の中での日本の立場を考えると、ある制限が生まれるかもしれないなと思いました。平和を願う気持ちがあった日本だとしても、問題を起こしてしまったことから考えて、他国に対する説得力が持てるとは思えません。これを日常的な話に置き換えてみると、みんなで共同生活をしてきたのだけど、ある一人の人がボヤを起こしてしまった。家は残っているけど、焼けこげた範囲は広い。元には戻らないけど、みんなで何とか直した。その後、原因となった人の心情、行動、周囲からの評価、そういうのを少し考えてみると、挽回したいというような良い心情になることは想像できますが、台所は使わせてもらえないとか、一人で留守番はさせられないとか、ストーブ禁止とか、なんらかルールがでてきそうなことも想像できます。これはできてしまえば避け難く、でもできたならきちんと守って、真面目にやっていくしか無いですよね。

プルトニウムやらセシウムやら、何でも良いのですが、半減期が経過してもまだ半分で、安定?するのはその10倍?ですか。僕らの命全部使ってもナシにできない。こんなの普通の人は近づかない以外どうしようもありません。それはそれで方法を考えるしかないですが、別の努力もちゃんとできるかどうかはとても大切です。今でも、どんどん増えているナシにできないものたち。どうしていくか。あくまで、何とかみんなが生きる方向で、どうやっていけるんでしょうか。

自分が正しいという実感を持てている方は、その正しさをもう一歩反省するのが良いと思います。正しさが嫌いな人は、目の前にあるあなたが思っている大切なことを信じれば良いような気がします。みんなで大きく動く前に、個々で考えてほしいと思う。苦しさから主張をして、何かを押し倒すことだけは避けないと。それってすごく遠回りだったり、傷つく人が多かったりすることもあると思うので。  

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