お金が無いとできないこと

_MG_6309.jpg

僕は個人で活動をしていて、社会の中で特にお金の面で言えば、相当に小さな存在です。そんな僕は、基本的には僕の扱える金額の範囲内でできそうなことを考えることが多いです。つまりは、お金が無くてもできることを考えているに近い。

そんな僕ですが、やりたいことがあって、何とかできる方法は無いものかと考えていたのですが、やはりお金が無いとなかなかに難しい(まあ、難しくても諦めませんが)。とはいえ、状況が状況ということもあり、自分の中でもやもやさせておくだけよりも考え方をシェアしてみようと思い、お金が無いとできないこと、という形で一旦まとめました。募金や義援金とは少し違う使い方ですが、良いお金の使い方なんじゃないかと思った次第です。

 

社会勉強的に、何年か前から入札案件をちょいちょい見るようになっていたのですが、今回の震災後、現状を回避する手だての次、もしくはその次ぐらいの展開に関連する(と思われる)入札がちょいちょい見受けられるようになりました。

入札というのは、要件を満たした上で金額が安ければ安いほど受注できるという仕組みです。そこで、例えばですが500万円の仕事を100万円で受注するというやり方はどうだろうかと思いました。もし受注しても400万円の赤字です。でも、その赤字を募金というか国への投資だと思える企業が受けるなら、その企業はとても良い仕事をされるんじゃないかと思いました。

ソフトバンクの孫さんのように、研究機関をつくるのもとても良いと思うのですが、こういう直接響くことをやるためにお金を使うというのも、良いことなんじゃないかと思います。企業として幅広い能力があり、かつ体力が無いと実現は難しいでしょうし、通常はシンクタンクのような企業がやってたりするのかもとか思うと、今までやったことの無い人が無理にやる必要性はわかりません。ただ、現場感のあるやり方というのはなかなかやっていないようにも思うので、余裕と名案があるのなら、プロジェクトに関わる業界が一丸となってやってみるとか、なんか良い形でやれるんじゃないかなと思いました。

入札自体は割とたくさんありますが、関連しそうな入札をいくつかピックアップしてみます(期限が切れそうなものもあります)。

以下、引用。

東日本大震災により訪日旅行需要に生じた悪影響を早急に克服するために緊急に実施する海外向け情報発信及び現地旅行会社等訪日旅行販売側面支援の展開に係る業務(観光庁)

公示予定:平成23年度 都市と農村の連係による持続可能な国土管理の推進に関する調査(国土計画局)

公示予定:平成23年度 長期的リスクを踏まえた国土の選択的管理に関する調査(国土計画局)

公示予定:平成23年度 国内外の中枢管理機能の障害事例の実態把握とその回避方策等に関する調査(仮称)(国土計画局)

公示予定:平成23年度 長期的な展望を踏まえた集落の多様な生活・コミュニティ確保方策に関する調査(国土計画局)

平成23年度 無電柱化推進方策に関する検討業務(国土交通省)

訪日外国人旅行者の受入環境整備に係る外客受入地方拠点整備事業(観光庁)

海外有力メディア・旅行会社招請のための手配業務(単価契約)(観光庁)

電力需給対策を契機とした、長期休暇を有意義に過ごすライフスタイルの確立に向けた国民運動の展開に関する戦略の立案等に関する調査(観光庁)

公示予定:東日本大震災による被災現況調査業務(宮城1)(都市・地域整備局)

公示予定:東日本大震災の被災状況に対応した市街地復興パターン概略検討業務(その1)〜(30)(都市・地域整備局)

梅酒ダイニング 明星

myojo_design_110412_A2.jpg

2011年5月16日(月)、飯田橋に日本で一番豊富な種類の梅酒が飲めるお店「梅酒ダイニング明星(みょうじょう)」がオープンします。今回、そのお店のロゴをつくらせて頂きました。

関係者のみなさんとお打ち合わせをして、デザインするにあたって僕がはじめに思い浮かんだのは、福笑いみたいなロゴになると良いかもしれない、ということでした。一瞬なんだかわからない感じがすると思いますが、福笑い的な顔になっています。

これは、農業・医療・食・梅というテーマがあって、色々な方がいらっしゃって、色々なことが組み合わさっている感じになるよう、かつ、全体感として楽しく明るい印象になるようにと考えて、デザインをしました。

myojo_design_110412_A.jpg

場所は神楽坂、飯田橋が近いです。お近くにいらっしゃる機会がありましたら、ぜひお立ち寄りください。(住所:東京都新宿区揚場町2-27MIT飯田橋ビル3階

以下、プレスリリースより引用します。

「梅酒ダイニング明星」は、梅酒研究会が初めてプロデュースしたレストランで、経営は株式会社リバネス、運営はライナ株式会社が担当し、3社共同で展開していきます。

お店で提供する料理は、エコフィード(余剰食品残さを飼料化したリサイクル飼料)で育てたオリジナルブランド豚「福幸豚(ふくゆきぶた)」や植物工場で育てた野菜を中心とし、若い女性や健康志向派をメインターゲットとしています。

また、店舗内には植物工場を設置し、育てた野菜をその場で摘んでサラダバーで提供する「店産店消」の取組みを実施します。

さらに、近年、農林水産業や食品産業の振興において、医療と連携してサービスを展開する「医食農連携」が着目され始めていますが、「梅酒ダイニング明星」ではこれに先駆け、医療界と連携して健康を考慮したメニューを開発・提供したり、店舗でメディカルセミナーを実施するなど、医・食・農が一体となった店舗運営を目指します。

ポートフォリオ・クリエイション

portfolio_2011_03_c1.jpg

PIE BOOKSさんのポートフォリオ・クリエイションという本で、僕のポートフォリオを紹介して頂きました。

このポートフォリオはBCCKSというWEBサイトでつくりました。BCCKSの、ワンコインパブリッシュという、文庫本サイズの本1冊500円からで印刷ができるというサービスを使っています。僕がつくった本はこれです。カラー128ページで1冊1680円。(モノクロ48ページで500円)

サイズが小さいのでいつもカバンにいれておけるし、気軽にページの入れ替えもできるので、割と良いです。紙が選べないこと、ノンブルが勝手にふられること、印刷領域がめいいっぱいではないことなど、制約もありますが、それに乗れるなら良いサービスだと思います。

想像力 / Imagination

_MG_7144.jpg

何を見ても電気に見えてきました。

ものすごく怖い原発、止められると本当に良いですよね。無くしちゃえたらもっと良い。新しいエネルギーが原発の代わりになってくれるのも、とても良いと思います。

でも、ふつーーの感覚で考えて、原発の代わりにすっぽりとはまる代替エネルギーが、運良く、素晴らしい閃きから即座に生まれてくると、僕にはあまり思えない。そんなハッピーなことがあったら、それはもう幸運すぎて、なんでしょう、もう良いです。ほんとグッドです。

だからといってなるようにしかならないから何しても無駄だとか、現状のままで問題ないとか、そういう風には全く思わないので、色々考えてつくり出していかなくちゃいけないのですが、それはそれとして、別にやらなくてはいけないことがあります。僕らが今まで、どのぐらい背伸びをしていたかということを見直すこと。これ無しに、電気の作り方だけを考えても、解決する気が全くしません。

この見直し方というのは、こうしていた僕が悪かった、ああしていた僕が悪かったとわかりやすく悪そうなことを思い直すことなんかよりも、もっと身近に潜んでいて、僕らの生活そのものが、電気を作らずにはいられない性質のものという認識を持たなくてはと思っています。

色んな言い方ができそうですが、一つ流れを書いてみると、みんなの暮らしでは毎日必ずお金を使います。それはどんどん物ができては消費されている状態を意味しています(個人が買い物するかどうかだけの問題ではありません)。そして、何かをつくるには電気が必要なのです。だから、電気もどんどんつくってきたわけです。みんなが制限無く自由に生きられるよう、際限なく物を扱えるよう、どんどんつくってきたわけです。

また、原発については、完璧で無いと知ってはいたものの、極端に、必ずいつか壊れるものをつくってやろうなんて思ってた人はいなかったと思います。そんな人たちに向って、責任感無いのか!と怒ってみても駄目で、多くの関係者は、不安を感じながらも何となく大丈夫なんじゃないかと思って、みんなの暮らしの集まりから生まれる需要に答えるという正しさを思い(まあ裏側にはお金のこともあったと思うけど)、責任を全うしただけです。だから、今ここで、みんなの暮らしがこの事態を生んだということから、目を反らしてはいけないんじゃないかと思っています。

わかりやすく目に見える話に限っても、自分の暮らしで考えて、電気がなくて作られている物なんてあるでしょうか。テレビとか、ドライヤーとか、洗濯機とか、いわゆる家電製品は無くても生活できるんじゃないかという思いはあるのかもしれません。でも、それって、本当に目を反らさず具体的に想像できているのでしょうか。

いかにも電気っぽくない木でできた家具でさえ、電動のこぎりを使って作っています。野菜でさえ、電気のある暮らしをしている方々ががんばって作っています。そう考えれば、みんなの暮らしの集まりで、原発ができている。僕はそうとしか思えません。これはもう、個人でも法人でも国でも何でも良いですが、誰かが責任をとって解決できるようなことではないのです。

見える範囲で問題があるだろうと僕が思うのは、自分たちの手で作れないものがあまりにも多すぎるということです。だから色んな物事に対してサポート的な存在がある。その存在へ文句が言えるっていうのはそういうことです。どの程度なのかはわかりませんが、部分的にでもそういう作り方をやめるようなことは考えていかないと、仮にクリーン、かつ大きな事故は起こらないだろうエネルギーができたとしても、いつかまたおかしなことを呼び起こしかねないと思います。大きなエネルギーというのは、そもそも大きいものなのですから、作用反作用という必ず生じるもののことを思えば、大きなマイナスがあるのです。言葉で表現するなら、ものすごく強く大きなエネルギーで豊かな暮らしをするよりも、ちょっと少ないけどものすごく柔らかいエネルギーで豊かな暮らしをする方が、僕は良いと思っています。この表現から言えば、今ままでは、大きければ大きいほど良いという暮らしと言えるんじゃないかと思います。そこを見直せたら良いのにと思うばかりですが・・・。

 

瓦と屋根

_MG_7016.jpg

今回は屋根について考えてみました。オチは特にありませんが、少しまとめました。

住宅の屋根には色々な材料が使われています。住宅で多いのは瓦や金属を葺いたものです。地方によって傾向がありそうですが、人口の割合から、日本では瓦葺きが多いのかなと思います。本瓦葺きは荘厳な印象があってすごいとは思うのですが、特に住宅で言えば、僕は茅葺きや板葺きの方がなんか好きですね。

_MG_6998.jpg

その日本古来の様式である、茅葺き、藁葺き、板葺きもまだまだちゃんと残っています。ただ、経済的に維持するのがすごく大変という話を聞いたことがあります。3年ほどで葺き替えるとか、確かにそれは大変そうです。

_MG_3438.jpg

雨を避けるための工夫である屋根は、土着の文化もありますし、地方ごとに色んな発展をしています。たまたま行った山梨では、兜づくりという茅葺きの屋根がありました。これは、生活にあわせた変化を持っている形で、従来の茅葺きよりも大きな屋根になっていて、屋根の中に2〜4層の空間を持っています。風通しが良かったり、季節にあわせた室温調整もできるそうです。ただ、茅葺き自体のコストが高すぎたため、茅葺きが朽ちない工夫として、トタンなどの板を上から覆いかぶせてあるのが写真に写っている家屋の屋根です。

長い期間、雨が入ってこないようにする工夫は、とても難しいことです。雨は上から下に降るものですが、細かく見ると、水が色々な方向から吹き込んできたり流れてきたりと、そのすべてに対応する必要があります。瓦にしろ茅にしろ、結構細かいものをたくさん集めて、促す方向というか流れをつくっているように感じます。伝統的な技術ですから相当に優秀なものだと思いますが、違う方向でも考えられそうだし、同じような方向で考えるとしても、屋根の工夫はまだ考えられんじゃないかと思いました。

 

開墾

_MG_3395.jpg

この前ちらっと書いた通り、山梨で開墾をしてきました。新宿駅から特急かいじに乗って石和温泉駅へ。駅からさらに30分ほど。だいたい2時間ぐらいで、携帯電話の電波が通じない所についてしまいました。

今回、開墾をした土地は十数年放置されていた土地でした。生えている木の直径は大きいもので20cmぐらい。シャベル、鉈、のこぎり、鎌、くわ、あと体。僕はシャベルで根を掘ったり、のこぎりで木を切り倒したりしました。まあ、とにかくしんどかったです。3〜4時間ほど8名ぐらいで、そうですね、5坪(16平米ぐらい)というところでしょうか。土地自体は30坪ぐらいはあったように思います。

技術としての開墾のこともそうですが、放置された土地のこと、能力・運動のこと、農業のこと、生命のこと、地元のこと、人のこと、働くこと、お金のこと、色々思う事はありました。まあ事態としては、こういうせめぎ合いは今までもやってきたことで、これからも続いて行くのだろうなと思いました。

110416.jpg

 

NAKAE ARCHITECTS INC. WEBSITE

na_1.jpg

建築家 中永 勇司(나카에 유지)さんのナカエ・アーキテクツ(나카에 아키테크츠 대표)のウェブサイトをつくらせて頂きました。ナカエ・アーキテクツさんのロゴは2年ほど前につくらせて頂いたロゴです。

トップページで積み重なっている実績は、単調な情報の羅列になりすぎないよう、新しい実績の紹介があるたびに、ほんの少し変化が出て単調にならない仕組みになっています。写真はほとんどが写真家の坂口裕康さんによるものです。それぞれのプロジェクトにPhoto Galleryとして写真をまとめてあります。

design_110207_works_NEapartment.jpg

また、中永さんは韓国での活動もはじめられていて、和英と並記して、ハングル語をサイトの中でちょこっと扱っています。

 

balanced growth website

screenshot 20.jpg

今年のはじめごろなのですが、バランスト・グロースさんのウェブサイトをつくらせて頂きました。

バランスト・グロースさんはコンサルなどをやられているのですが、色々な活動をしていくそれぞれについて、バランスがとれた発展を目指すというスタンスでやられています。バランスがとれた、というのは、詳しく説明するのは難しいことなのですが、僕の勝手な解釈としては、意味のある理論でかっちり組み立ててあるようなものではなくて、どうなるとうまくいくのかを意識して、ある成り立ちを実現している、というようなものじゃないかと思います。わからないことだとしても、どうやって付き合うか、ということかなと。

あとは、自主的な活動として、ミャンマーの上座部仏教日本人僧侶であるガユーナ・セアロさんによる断食・瞑想・対話をするプログラムを開催していたり、実際に田んぼでお米をつくってたりされています。

ちょうど明日明後日で、山梨にある田んぼに行き、開墾をするというプログラムがあります。今年は僕も参加させて頂くことになりました。僕は子供の頃、田植えと稲刈りをやったぐらいで体験としてはほとんどしたことのないことなので、ちょっとワクワクしています。土の匂いも楽しみです。

東京は緑は多いのに基本的に覆われていて、舗装された道路も多く土が無いので、土の匂いがほとんどしないんですよね。掘り起こしたりもしないですし。そういう切り口で思うと、循環が無いともとれます。道路をつくる工事が多く、まあそれが普通なのですが、壊す工事もしちゃえば良いのにと、いつだか思った事があります。何らかの循環が生まれるためのことを考えてみるのも良いかもしれません。

みゆきの坂 風上がりクリニック

logo_110207.jpg

長野県松本市にできた、クリニックのロゴと名刺をつくらせて頂きました。

クリニックの名前は土地の名前そのままで、院長さんがつけられました。とても近い距離感で誰かにお渡しする名刺だと思ったので、院長さんと場所の印象から、風とか木とか土を感じられるような雰囲気をつくりたいと思い、デザインをしました。あと、医者と患者さんという関係が気楽というと言い過ぎですが、明るい印象になると良いと思い、光を感じられると良さそうだと考えました。

_MG_3316.jpg

写真だと少し不思議な名刺なのですが、もらうと気がつく、さらっとして柔らかいような、でもしっかりした感じを持っている、とても良い仕上がりの名刺ができました。

また、人や場に合わせた服を着るように、季節っぽさも出せると良いと思い、いくつかの色と質感の組み合わせを考えてつくりました。基本的にはやわらかさを重視して、四季をそのまま感じる色と質感を、というよりは、季節と季節の間にある微妙な移ろいが感じられるような8パターンを考えました。

_MG_3300.jpg

あとは簡単なものですが、表札もつくって貼りに行きました。NARUPという美容室のロゴもあわせてつくらせて頂きました。NARUPは笑顔付きです。

_MG_3340.jpg

ちなみにこの表札、白い服を着て前に立つと、自分の服に看板が表れます。

_MG_3344.jpg

冷戦思考

_MG_6019.jpg

近頃、僕が考えるときによく気になっていることの一つに、冷戦思考という考え方というか、捉え方があります。この捉え方を知ったとき、ちょっと驚きました。そのぐらい日本とか社会とかに前提として馴染んでいたから。

冷戦思考というのは、絶望的な手段の一つ「核を使う」っていう可能性があることを日本においての前提として、ソ連とアメリカの関係にあったような、いわゆる冷戦の関係を色々な国に対する信頼感の評価の一部に組み込んでいるような、そんな考え方です。(と思います。)

簡単に言えば、あの国は日本に核を使って侵略してくる可能性を持つ、つまり、そのぐらいこちらのことは考えないというような感じです。確かに、アメリカや中国、北朝鮮という強い国、激しい国に対して、僕らは核の可能性を感じてしまいます。僕らが核を使うイメージを持っている相手に対しては、些細なことであっても、どうもこちらに被害が出るようなことを平気でやってくるような感じを抱いてしまいます。

これは、社会の歴史に出てくるような史実に基づいた印象から生まれる感情なのだと思いますが、例えば、あるアメリカの方と話をするときに、ここまでの危険を感じることはあまりありません。漠然と、全体で捉えるときにこの思考は生じやすいと感じます。あってないようなものだとも思えたり。

もう一つ例えてみると、アメリカから大量の食料を輸入していることについては、「どうやって作っているか、わかったもんじゃない。国産の方が良いに決まっている。」というような気持ちを抱いてしまう方も多いように思います。

でも、この考え方も随分と安穏としているというか、国産なら大丈夫かと言われれば、それぞれの生活を守るためにそれぞれがやっている仕事の結果が、多くの人の生活をきちんと守れているわけではないという現状も、普通にある話で、このあたりは責任の取り方にまつわる問題も含んでいます。

というあたりまで書いたのが去年。そして、今。

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~NHK_1」をみつつ、共産主義派と民主主義派の戦いかーなどと思いました。でも僕的には、柴田秀利さん(日本テレビをつくった人)の判断が良く無かった気がします。昔の事だし、戦争敗北直後でもまだあわよくばというか、隙あらばやったるで的な思考があったのかもと思ったり。まあ、なっちゃった事はしょうがないんですけどね。

この話は別に隠されていたわけではなさそうです。ただ、これを知って、ああ、こっちは違うんだなって思えない人が多すぎたのかもしれません。そこから膨らんだであろう、集団での正当化ってのは本当に怖い。

少し話が飛びますが、もしかして、軍事利用を動機につくられたものに、ろくなものはないのかもしれない、というようにも思いました。ジャーナリズムもおかしいのかも。(ジャーナリストがおかしいっていう意味ではないです。)仮に、早さと正確さが重要なのが報道だとすると、報道の性質は自ずから決まってきます。報道でも情報でも同じ事で、ここについて少し考えてみようと思いました。

 

あと、今の社会について。世界の中での日本の立場を考えると、ある制限が生まれるかもしれないなと思いました。平和を願う気持ちがあった日本だとしても、問題を起こしてしまったことから考えて、他国に対する説得力が持てるとは思えません。これを日常的な話に置き換えてみると、みんなで共同生活をしてきたのだけど、ある一人の人がボヤを起こしてしまった。家は残っているけど、焼けこげた範囲は広い。元には戻らないけど、みんなで何とか直した。その後、原因となった人の心情、行動、周囲からの評価、そういうのを少し考えてみると、挽回したいというような良い心情になることは想像できますが、台所は使わせてもらえないとか、一人で留守番はさせられないとか、ストーブ禁止とか、なんらかルールがでてきそうなことも想像できます。これはできてしまえば避け難く、でもできたならきちんと守って、真面目にやっていくしか無いですよね。

プルトニウムやらセシウムやら、何でも良いのですが、半減期が経過してもまだ半分で、安定?するのはその10倍?ですか。僕らの命全部使ってもナシにできない。こんなの普通の人は近づかない以外どうしようもありません。それはそれで方法を考えるしかないですが、別の努力もちゃんとできるかどうかはとても大切です。今でも、どんどん増えているナシにできないものたち。どうしていくか。あくまで、何とかみんなが生きる方向で、どうやっていけるんでしょうか。

自分が正しいという実感を持てている方は、その正しさをもう一歩反省するのが良いと思います。正しさが嫌いな人は、目の前にあるあなたが思っている大切なことを信じれば良いような気がします。みんなで大きく動く前に、個々で考えてほしいと思う。苦しさから主張をして、何かを押し倒すことだけは避けないと。それってすごく遠回りだったり、傷つく人が多かったりすることもあると思うので。  

自動ドア

_MG_3346.jpg

自動ドアって怠惰だなぁと思いました。

だからやめましょうっていきなり思う訳じゃないんですが、なんか出たり入ったりって、もう少し考えられるかもしれません。活動のリズムみたいなものを考えてみると、他にも変えられる事ってありそうです。

政治

screenshot 17_2.jpg

都知事選があります。ようやっと政見放送を見終えたので、そこから、気になる方は少し突っ込んで調べて、どなたに投票するか決めました。(本当は二人のうちで迷い中。)

こんなときに、やらなきゃいいのにと思ってしまうのと同時に、そういう成り立ち方をしているのかもしれないとも思いました。トップが変わっても組織の大勢に影響が出ないような、そういう成り立ち方。企業もそういう成り立ち方をしていますし、集団として機能するものはそういう感じのことが多いです。とても都合が良いですよね。そう、都合が良いのです。

あと逆に言えば、大きな方向転換をしようとしても、すぐには転換が難しい成り立ちとも言えます。政治のやり方って、これで良いのかと思ってしまいました。この仕組み、僕らにあってるんだろうか。年々連なっていく、流れのような仕組みはできないんでしょうか。自民党に代わって民主党がぐっと出てきたときにも同じようなことを思ったんですが、ああいうときでも、前任者が後任者にきちんと繋がって何かが手渡しされていく印象は無かったように思います。

選挙にしても、順位を決めるのって必要と思いますが、誰か一人に決まった時、他の人は次回に当選する方法を探るんじゃなくて、当選者をリーダーとして自分が気になる問題を解決しようと努力する事ってあるのでしょうか。「派が違い、志向が違うから、私が思い描くみんなの幸せは描けない。だから次の機会で。」仮にこうだとしたら、なんか、もうちょっと協力できるような仕組みにならないものかな。

僕の今回の投票は、今の東日本の緊急事態から抜け出す努力を惜しまない、かつ比較的有効に機能させることができるだろう方にいれたいと思っています。選挙があるからには投票しないってわけにもいきません。でも、選挙とか政治とか、そういうことももう少し考えてみてほしいです。

僕が仕組みに対して思うのは、誰かがずるをしないかどうかを見張るための仕組みであって、何かを実現するための仕組みになっているようにはあんまり思えないということです。そんな仕組みだからそんな人が集まるんじゃないのと思ったり。状況によっては、確かに有効だと思いますが、見直せる気がします。

政治絡みで、つい先日、永田秀次郎さん「市民諸君に告ぐ」の抜粋を読み、語った方、受け止め動いただろう方々を思い、すごいことだなぁと思いました。この関東大震災から10数年で東京大空襲。それでも、いま東京がこうしてある。本当にすごいことです。

ここからはさらに難しい話なんですが、大打撃が無いと、みんなで決める事はできないんでしょうか。今回で言えば、放射能で何万人もの方が亡くなるとか、そういう事態が無いと変わらないんでしょうか。チェルノブイリで鉄砲玉のように亡くなってしまった3名をしても、ウクライナというか旧ソ連の地域では、原子力発電所をやめたりはしていないと聞き、社会はどうすれば変わるのかと思いました。

今、Yahooのトップページをみて、よし電気使ってないなと思う方と、毎日電気をたくさん作ってるなぁと思う方がいると思います。今のタイミングで電気についてはこれまたとても難しいのですが、Yahooの人が50%以下の切り捨て表示を思い直すような社会の動きが生まれると良いのに。よくある日常で言えば小さな事、緊急のときには大きな事が、何かに乗らなくても良い方向に流れていくことはできないのかな。複雑過ぎるか。うーん。でも、なんか、なぁ、と思います。