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電気の負荷

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産業規模が大きいってことは、世の中での動きが多い、つまり色んな負荷が大きいってことだと思うので、その規模を低下させつつ負荷を減らしながら、最小限の機能を持つ代わりの仕組みに変換するようなことが必要になると思っています。負荷と書きましたが、これはそのまま電気と思っても差し支えないと思い、考えました。

まあ、まずは携帯電話でしょう、と思っています。

これはつい先日に思ったことなんですが、友達とご飯を食べながら話の流れの思いつきで、これから電気代が増えるだろうから、その分、携帯電話はやめないとね、と軽く話をしていました。そのときはお財布事情の話だったのですが、少し時間が経って自分で振り返ってみて、これ結構あたってるかもと思いました。

色々端折っていきなり話を進めますが、電話っていう機能というか仕組みを、素の状態から今の状況・技術でつくるとしたら、今ある電話のかたちにはならない気がしました。大きくは、個別にナンバーを振った専用の端末を持つという形。ダイレクトな感じがして一瞬良さそうなんですが、連絡をとるために必要な形では無いと思えます。

例えば、街の色んな所に電話機能を持ったベースを点在させて、僕らは小さな固有の情報を持っただけのチップを持ち歩き、チップを持ってベースに近づくと、連絡が入る時は名前が出て教えてくれるとか、そういう連絡の取り方で成り立つんじゃないかと。

連絡手段としての即時性はありません。でも、即時性を維持するには、ビッシリ巡らせる事、常時発信する事、常時受信する事が必要です。そんなコストはいらないでしょうという考えです。

まあ、無くさなくても良いんです。ヘリコプターみたいな、私有するには高額で、緊急時にきちんと使えるようなものになれば良いと思います。

あと、僕の気持ちを書いてみます。コストとか負荷のこと以前に、携帯電話って使うのも使っているのを見るのも、昔からそんなに好きじゃないんです。いつだか書きましたが、乳母車を押しながら携帯電話を見ている人はどういう気持ちがしているのだろうという話。もちろん気持ちはわかりますし、悪いことではないと思っています。これは、一回性の話の中で一例として取り上げたのですが、携帯電話って、欲求を何となく吸収してくれる道具というか、おもちゃと似てるんだと思っています。おもちゃはとても良いものだけど、何となく正当なものとしてしまったこういうものってたくさんある。テレビとかPCだってそうかもだし。こういう発散は、悪く無いけど良くも無いと思え、今何か削るならこういうことだろうなという感じです。

あと、電気の作り方の話の前に、使い方の話を書いているのは、日本は世界の内にある、ということからきています。どんなに辛いときであっても、叶わない事はあって、でもそれで終わりかというとそういうもんじゃないです。じわじわ進まないと、国は越えないと思うし、僕たちにとって良く無い。一気にいくのなら、国丸ごとで、グリーンピースに合流するとかでしょうか。そういうんじゃないなと思います。

最後に、電気の話だと原発のことがやっぱり気になります。良いか悪いか効率的かどうか意味あるかどうか、で評価することはできます。やっぱりあなたが悪かったとか、ほらこっちの方が効果あるじゃんとか。でも、原発の話は、前段の世界の話もありますがさらにその前に、今のものをどうするかをさきに考えないとと思っています。代替エネルギーとか、電気無くてどうやって暮らせば良いのかとか、そういうことより、今、たくさんある放射能を持つ物体をどうするのか、を考えて決めないと。これが一番大変なことで、みんながやりたく無い事でしょう。でもこれが、今までに時間をかけてみんなでつくってしまったものです。今より先の人には直接は関係ない。後回しにしてると、決められないような気もするし。ただ、これは極端に難しいことだとも思っています。こんなこと、どうやって決めたらいいんでしょうね。

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