不完全な自然

多くの人によってもたらされる

不自然な物事。

これは不自然じゃなくて、

不完全な自然な気がしてきた。

山の上の白 / The White in A Mountain

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久々に、考えてる企画を一つ。(今回は、今までの企画とはジャンルが違うものですが)

数年前、サイン計画の一環として、利用者とどこでどのようにコミュニケーションを取れるのか、ということを考えていたところ、思いつきました。かなり曖昧な想定ですが、こういう状況はあると思うし、こういう切り口で考えるという意味では、色んなところで考えられそうだなと思っています。

山の中に、真っ白い建築物ができるとします。それが何らかの機能を有する、というと固い表現ですが、まあ、何らかの場所になるわけです。その場所の持つ印象の方向性はどこで決まってくるかということを考えると、利用者がその建物をはじめて目にした、そのときなのだろうと思いました。

山の中にあるその建物を初めて目にするシチュエーションについては、場所特有の状況がその土地のそれぞれにあるのですが、山の中で、と考えてみると、山のくねくねした道を登っていって、あるカーブを曲がった瞬間、真新しく、真っ白い建物が姿を現す、というような想像をしました。

この瞬間、コミュニケーションが存在します。見たことも無い形状の建物か、姿がはっきりしない建物か、今回の話の中でそのあたりは定かではありませんが、見た人はその視界において如何ようにか認識をし、何かしらの印象を抱きます。

そこで今回考えたのは、その真新しさから始まるよそよそしい印象を抱かせない工夫というのは無いだろうか、ということです。例えば、最先端な研究施設とか、間口の広い使われ方を目指さないというような建物ならば、そんな工夫は全く必要ないのですが、便利な場所では無いけど良い場所だから是非訪れてほしいと思うなら有効であると思っています。

具体的に行うデザインはシンプルです。建物という大きなものは、山の中の風景を遮ります。そのため、真新しい、という印象がより強く表れます。なので、山際や山の端といった、いわゆる稜線がすぱっと途切れてしまわないよう、(上の写真のように)稜線の続きに沿って、外壁を塗るだけです。視界の中での真新しさが軽減し、新しいものに対する抵抗感が和らぎ、違和感が少なかったり、他の特徴がより浮き立つと考えたわけです。

「山の上の白」という名前については、真新しい真っ白な建物にとっては嫌らしすぎて似合わないと思いますが、何か馴染んでいる、馴染もうとしている建物にとっては、違和感の無い名前になると思います。(坂の上の雲という本と名前が似てますが)

これは、特別な技術や多くの費用を必要としないデザインです。精度は高い方がより良いですが、遠距離の、一瞬の印象なので、線の厳密さよりも、色の使い方が肝になると思います。あまりはっきりとした色を使うと、近づいたときにきつく嫌らしいので、多くの人が白であると認識できる程度の色で塗り分けるか、でこぼことツルツルの質感などで切り分けられると良さそうです。

sample_MG_4137_2_moto.jpg *真新しい印象は、こんな感じ。

平常心

平常心を持ちやすくいられるためのことの果て

が、今なのかな。

 

命の安定のため

エネルギーについて

例えば日常で言うと、

あまり食べ過ぎず、問題なく動ける範囲で

活動をするのが良いような感じがする。

(緩急は必要だから、基本的には、というところ)

これは、エネルギーの多寡やサイクルの効率性

で考えると、大きく的をはずしているが、

この世界に対して、つじつまの合う計算をすること

の方が比喩になっているんじゃないか。

例えばこのぐらい、という理解のための計算でしか

ないならば、多寡や効率性での判断だけだと

あまり良くないな。

SHORT WORDS

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結構前から、こっそりカテゴリを1つ増やしてました。

SHORT WORDS

ネタ帳に書いた短い文で、暗すぎない内容のものを不定期で増やしていこうと思っています。THINKINGのタネみたいなものです。

鳥の気持ち。転じて、人の対峙しているもの

人がつくるものに対する鳥の気持ち。

 

においての、

人がつくるものと同等の印象やスピード感で、

人が対峙しているものって何だろうか。

形があるものは少ないのかも。なんでだろ。

数学

数学がデジタルではないのは、

ゼロと割り算のおかげかもしれない。

 

数学にとっての、ゼロや割り算の生まれ方は、

とても良い動きに思える。

N002

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ノーマルな感じですが、柔らかさを大切にしました。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

S002

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シンプルでシャープなピクトです。矢印を立体的にすることで、少し不思議な感じを出しました。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

Y002

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単純な線で表現しました。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

N001

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あまり見かけないタイプのピクトです。女性らしく、服装を2種類用意しています。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

S001

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シャープなピクト第一号です。矢印が特徴的です。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

Y001

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PICT FREE Y001.PDFをダウンロードする

線で描かれたピクトに少し物を加えることで、表現力を増しています。男の人にはヒゲ、女の人には髪です。立体的な便器もご用意しました。

 

*ピクトのご利用などについては、こちら

PICT FREE

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ピクトグラムを無償で公開していこうと思い、このサイトにカテゴリを一つ追加しました。はじめだけ、なるべく定期的にアップします(笑)

PICT FREE

小さな店舗とかでは、トイレのマークはかわいくしたいっていう要望がけっこう多いような気がしたので、手軽に気軽に使ってもらえるよう、無償で公開という形にしました。

なお、著作権は放棄しませんので、サイン以外での利用や、販売目的での利用、形状の改変などはご遠慮ください。色や素材は好きに決めてくださって問題ありません。もし使われましたら、事後報告でも構いませんので、写真付きでメール頂けるととても喜びます。(僕のサイトでも報告させて頂くことがあります。なお、ここで公開するピクトをあなたが利用することによって生ずるいかなる損害に対しても、僕は一切責任を負いません。)

また、これらの案を膨らませて他の種類のピクトもつくりたいという方がいらっしゃいましたら、ご相談ください。

(大きな施設などでの利用は、必ず事前にご相談ください。使用料などを頂く場合があります。)

*ピクトに関する補足です。

・PDFでの配布にしています。

・矢印が縦横のバージョンがあるものは、ちょっとずつ違っているので、方向に従ってもらえると嬉しいです。

・ピクト名の頭文字は、Y(やわらかい)、N(ニュートラル)、S(シャープ)です。

 

以下は、僕のピクトグラムについての考え方です。お時間ある時にでもどうぞ。

よくサインで使われるピクトグラムには、JIS規格のものや、交通エコロジー・モビリティ財団のものがあります。視認性は確保されている(らしい)ものです。でも、それだけで世間が埋まっていくのは何となくなーという気持ちもあったりします。

僕の、サインにおけるピクトの考え方は、基本的にはピクトの形状がもたらす視認性がどうとかいう話の前に、使う人がわかる状況がつくれるかどうかが一番大切だと考えています。(この考え方からいけば、無償で公開して勝手に使ってもらうことで、そんな状況が果たしてつくれるのかは、疑問があったりもしますが。まあ、今回の公開では、トイレと矢印をメインにしてあるので、大丈夫なんじゃないかという思いもあります。)

というのは、例えばトイレのサインについて、ピクトの形でトイレだと判断してから利用するなんてことはまあ無い、という実感があるからです。これをもう少し厳密に言うと、ピクトには認識のされ方が2種類あって、言うなれば、即時的ピクト理解と記憶的ピクト理解の二つにわかれると考えています。

まず、トイレを使おうと思って探している人にとって大切なのは、形よりも圧倒的に色じゃないかと思います。また、トイレという場所を示す周りの状況もかなり手伝っていて、人が壁にもたれて待っていたり、さほど広くない通路にベンチが置いてあってそこに人が座っている状況があれば、それらからトイレはここだという認識をしはじめ、赤と青の何かしらがあれば、そこで確信を得るという流れになるように思うわけです。これが即時的ピクト理解です。

次に、今はトイレを使うつもりではない人。こういった人は、どんなにわかりやすい形状であれ、そのサインを理解するような心境ではありません。でも、記憶に残すサインという考え方は可能です。何か、変な人のマークのトイレだなぁという気持ちが生まれることで、その人がいつか使うときが来たときに、トイレはあそこにあったなと思い出せる。こういうことが、記憶的ピクト理解です。

こういうように色んなことにおいて、同じものでも捉え方が変わります。ただただ、ピクトの形状の美しさや視認性のみを追求したところで、使う人の気持ちには届きません。だから、わかりにくいと感じる現状があると思うのです。このピクトを使われる方も、素の気持ちで、この位置にこれがあって利用者が理解できるかを少し考え、できることなら何か工夫をしたりして、上手くみんなを誘導して頂ければと思います。

科学が見出したもの

科学が見出したものに

気持ちを加えて、今の心と思う。

 

こんなことができるのか? また、これは良いのか?

まず、気持ちの出所の一つ、

昔から流れてきた心を思い出してみる。

世界を流れる何か

水をゆらす風

風をゆらす水