村や町のできたきっかけ

村や町ができたきっかけは、

土地の条件というよりも、

あるひとりの人の人望だったんじゃないか。

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今年最後のお仕事のご紹介です。バニスター株式会社のWEBサイトのリニューアルをやらせて頂きました。

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先日、ここでご紹介させて頂いた会社案内の内容も含め、前のWEBから変わることによる使いにくさが出ないように、今のバニスターさんの考えや勢いなどが内容やデザインから伝わるようなサイトになっています。今回のリニューアルでは與座さんに描いて頂いたイラストで実績を見ることもできますし、英語版も用意してあります。写真は、リニューアル前と同様にSvenです。

■CREDIT

来年にはシンガポールにも進出し、これから色んなことを始めようとされていて、これからもとても楽しみな会社さんです。

関係者のみなさま、ありがとうございました!

情報の壁 / Limits of Information

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僕らが生きている世界には、情報の壁というものがあるなぁと、ここ数年感じています。

これは、簡単に言うと、僕が生きている中で知らないことは山のようにあるという、至極当たり前なことです。つまりは、どんな人でも一生触れることができない情報があるということです。

この壁というのは、完全に人間の能力を超えたもので、抗い難いものです。すごく極端な状況を想像すれば、間違いなくそうなんですが、そこまで極端じゃなくても、例えば、僕の中で最大限な、幸せに生きて死ぬための情報の全てに触れることはできるんじゃないかと思えたりもします。

でも、実際は「これを知っていれば」ということがたくさんある状態で、みんな生きています。だから失敗もするし、成功を喜べるという状態もあるんでしょう。全体としては、「知っていれば」を極力無くそうとしていますが、これはなかなかできることではありませんし、失敗と成功という考え方からすれば、無くなると困るものでもあるかもしれません。

で、この話のまま続けると情報の壁と違う話になってしまうので、話を少し現実的なところに移します。僕が感じている壁というのは、何故生じているのかを考えました。

とても身近に、「なんで、僕はこれを知らなかったのか」とか「なんで、あの人はこれを知らないのか」ということってたくさんありますよね。これについて思ったことがあります。

この壁というのは、結論から言うと、個々人の個性や価値観に因っています。これは、ある意思をもって即時にその壁を克服できないことを意味していて、流れていくしかないような流れがあると思えます。

ここまでは、僕がそう感じたというだけなのですが、今の情報という捉え方は非常にもろいものなんじゃないかと思ったことから、この考えははじまりました。

情報についてまず思ったことは、情報には構造があるという点です。それは、ある事柄について、何から発生して何を示しているか、どういう影響があるかなどを、わかるように成立させるための組み立て方です。この情報の構造という考え方が、怪しいんじゃないかと思いました。

勘以外で、なぜそう思うかというと、構造化すると消去法という考え方ができてしまうからです。消去法というのは僕も良く使っているのだと思うのですが、一歩下がって考えると、消去する時の僕は、違うであろうという気持ちでしか消去ができないのです。欲するものを探すにあたって、その欲するものを知らないのに、これは違うという判断はおかしいんじゃないかと思いました。

漠然と情報と言っているとわかりにくいかもしれないので、Google検索で考えてみてください。検索する時に、ある言葉で探そうとしますよね。そのときに、たくさん言葉が思い浮かぶと思うんですが、思い浮かんだ言葉の中から、必要ないだろうという言葉を消去していると思います。もちろんこの話は普通のことなんですが、知らないのに知っていることになっているのって不思議ですよね。もちろん、この不思議がいわゆる「勘」というようなものとして、状況を好転する(欲しい情報にたどり着く)こともあると思うのですが、本当に欲しい情報に辿り着いたかどうかは定かではありません。ここに、情報の壁ができる要因があると思ったのです。そして、この気持ちを導いているのはその人の個性なのだと思いました。

まあ壁があると駄目なのかというとそうでもないのですが、あれこれ思ううちに、今の情報という考え方は少し怪しいと思えたのです。そして、情報よりも体験の方がより僕らにとって大切なものであるとも思えました。わからないことなんて、山のようにあるのです。それは情報があるだけではどうしようもないことなんじゃないかと思いました。また一方で、情報がもっと良い形に変化することもできるようにも思いました。

かどをおとす

かどをおとす。

少しのことばと、じんわりするものが大切なんじゃないかな。

世界の価値 / The Value of The World

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たぶん、お金の話の延長上だと思うのだけど、先々月ぐらいから、ちょっとわからないことがある。僕が大切にしたいこととは違う(これがあっての大切なこととも思うのだが)し、相当に無理矢理な感じで考えているのだけど、僕が生活しているこの世界全ての計測できる価値というものについて、考えていた。発端は、その価値の総計は一定ではなく、膨らむ一方であるはずだと思ったこと。

資源は価値を生むことから、資源自体にも価値がある。資源が変化した後それ自体の価値を減らすこともあるが、違う価値を創出することも、それ自体の価値が転換され増えることもある。ただ形を変えた後の価値の増減は色々なので、仮に、資源の価値と、ある変化があった後の資源の価値とそれが生んだ価値を合わせたものを、同等だとする。

いわゆる資源というと石油とか鉄とかが思い浮かぶが、生命も資源だとする。上述と同様に、生命自体に価値があり、活動により創出される価値もある。

ということは、生命が生まれて死んで生まれるほどに、世界の価値は膨らんでいくと想像ができる。簡単に例えるなら、歴史の教科書に沿って測った価値と、それを半分ちぎって測った価値では前者の方が多いと言える。

では、価値というものが、膨らみ続けるものならば、そこに大切さはあるんだろうかと思った。これは、価値あるはずのものに価値が無いと言いたいわけではなく、価値あるものも大切で、価値が無くても大切で、価値自体に大切さは無いということを思ったのだ。

ここで、はじめの資源についての仮定を変えてみる。「同等だとする。」を同等ではないというか、資源とそれが生み出したものの価値が下がるものと仮定すると、生命の活動による価値の増加を考えると、全体としては、均衡を保つか、減少することになる。

まず、減少するとすると、あったものが無くなることになるわけだけど、そんなことがあり得るのだろうか。僕はやっぱり減ることは無いと思う。そうなると、均衡を保つことになるのだけど、減りも増えもしないものと、生命の活動により増え続けるもので考えると、やはりどんどん増えていくことになる。

ここでさらに、「生命の活動により増え続ける」という仮定を考えてみる。生命の活動により、減るか、減りもしないという変化があるとして、減る場合、活動の価値を上回るマイナスの何かがあることになる。減りもしない場合、活動の価値を帳消しにするマイナスがある。

こうなると、死ぬこととは、生きていた生命の価値がそのままそっくり以上無くなることに繋がりそうだ。普通に考えて、そんな訳は無い。となると、生きながらにして、価値を減少し続けることが思い浮かぶ。

そこから考えると、ある形状になってから時間が経過すると、資源や生命から価値が減るということだろうか?なんか、だんだんと気にするような話題じゃ無い気がしてきた。

そこをもう一歩突っ込んで、生命ではない資源について、資源自体とそれが生み出した価値は、減っているということを認めるとする。それはつまりどういうことか?人間に限らず、生命が資源を使って活動した結果は、価値が減っているということになる。

あとは、生命と生命でない資源のバランスで考えていたが、その両者が均衡がとれるようなものでは無い、つまりどちらかが高価値で、どちらかが低価値なことも想像できる。

ここまでくると、今回は、自分でも本当によくわからないです。でも、気になるのは何でだろうか。うーん・・・意味不明ですよね・・・すいません。

塩尻市考察 / Thinking About Shiojiri City

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今年の前半、長野県の塩尻市について色々調べていました。一旦、内容をまとめようと思い、記事にします。

塩尻市の人口は7万人ほど。松本市の隣であり、諏訪湖も程近く、ワインの製造が盛んなところです。また、名古屋・新潟・東京の3方向から伸びた鉄道と道路が交わる場所でもあります。(Wikipediaに色々としっかり書いてあります。)


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塩尻駅近辺には、大門商店街という商店街があります。主には、この商店街を中心に、何ができるだろうかを考えていました。

最近はどの地域でも似たような現象が起きていますが、大門商店街も例に漏れず閑散さが目につくような、いわゆるシャッター商店街に近い状態になっています。ただ、朝晩の車通りが比較的多そうなことや、市役所が近いという点においては、本当に寂しくなってしまった場所と比較するとましなのかもしれません。イトーヨーカ堂もあります。(と思ったら、閉店しています。中日新聞:土地建物の購入申し入れ 塩尻店閉店でイトーヨーカ堂:長野(CHUNICHI Web)。その少し前には西友も撤退しています。)

20〜30年ほど前、大門商店街は活気があったそうです。それは、今の商店街の姿とは少し違っていて、区画整理される前のごちゃっとした、賑やかな商店街がそこにありました。塩尻駅の場所も今とは少し違うところにあり、駅の移転から始まり、周辺が整理され今に至っています。

そして来年にはえんぱーくという、図書館機能を備えた市民交流センターが完成します。これを機に、活性化したいとみなさんがんばっています。

色々とやれることというのはあると思うんですが、ここでは僕が感じたこと(具体性はあまり無いです)を書いてみようと思います。

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僕は塩尻のことを調べるにあたって、まず市役所のウェブサイトに載っているような情報を見ました。次に、主に昼の時間を使って、現地を4〜5回歩きまわりました。本当は少し生活してみることができると良かったんですけどね。歩いた後に、今度は歴史のことを少し調べました。その歴史を見ていて、なるほどと思ったことがありました。

江戸時代に整備された中山道という、京都と東京日本橋をつなぐ道が塩尻を通っています(今も道路があります)。この道は、東山道という道が整備されたもののようですが、その往来により、塩尻の周辺は徐々に栄え始めたんじゃないかと思います。中山道に沿って、休みたいという皆の思いが集まって、休憩できるところができ、その場を提供する人が暮らし始め、様々な需要が生まれ栄えて宿場町ができました。

(今も、奈良井宿という場所は観光地的にというか、普通に暮らしている方が結構いるようです。とても良いところでしたよ。鳥居峠も越えましたが、普段、山登りをしないようなコンバースの僕でも、3〜4時間ほどで越えられるので、観光のついでに散策すると良いと思います。ただ熊対策で鈴は付けてました。前に書きましたが、クマではなくカモシカに会いました。僕は会いませんでしたが、やっぱり熊が出没してる(2009.10.17)みたいです。)

現在の塩尻駅は、各宿場町とは少し離れているのですが、3方向からの道がぶつかっている塩尻という場所について思い当たったのは、「この土地は多くの人に歩かれてきた」という実績を持っているんだなということです。そして、今みたいに道路や線路が通る前、そこに住む人たちは、その需要供給の渦がある状況を含めて、多くの人が歩いていくことに慣れていたのだと思います。それが生活の仕方(見知らぬ人と接することとか、自分たちの生活にもたらすものを組み込むこととか)にも影響を与えていたんじゃないかと思いました。

この話、見知らぬ昔の話じゃないと思うんです。今ならまだ、その影響はそこでの生活の中に残っているんじゃないかと思いました。車の社会になったのなんて、ここ数十年の話です。今、僕たちは、車のある社会の前の社会を生きていた、70〜90歳以上(ぐらいじゃないかと)の方々と接することができるわけですから、塩尻の心を感じることができるはずです。

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こういうような話は塩尻に限った話ではないと思います。完全に想像ですが、20〜30年ほど前の活気のあった時代、日本各地でこの「心」は特に感じにくくなってしまったんじゃないかと思いました。その後の今ですから、その古き良き時代を思い出して、それを再現できるようにがんばるのも良いのですが、僕はそれよりも前にあった心から思い出し始める必要があるんじゃないかと感じています。この20〜30年というのは、社会全体が酔っぱらっていたようなもので、完全に良いものだと信じきるには少し無理があるんじゃないでしょうか。これは誰が悪かったとかって他人の話じゃなく、僕らも生きていたこの20〜30年を、個人的なとても小さなことも含めた事実や経験を信じ込むんじゃなく、さらに昔の流れから今に至るまでをきちんと反省(ごめんなさいってことじゃないですよ)する必要があるんだと思います。

逸れ始めたので、塩尻の話に戻りますが、塩尻が発展したそもそもの理由というか、塩尻の個性というものの真ん中には、やはり各地から交わっているということがあるのだと思いました。この場所の特性を切り口に、やれることを考えると良いように思いました。

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いきなりフランスみたいに、ワインの醸造所が試飲を動機に、食事とか宿泊の提供をはじめる、なんてのは難しいかもしれませんが、人を集めるのに、真ん中にあるのは都合が良いことなのですから、小さくても動き始めることが、いつしか流れをつくるんじゃないかと思いました。単純に、仲の良い3人組がいるとして、3人で遊ぶなら、中間地点の家で遊ぶ可能性が大きい訳です。この動機は単純すぎて、話だけ見るとそれだけで??って思ってしまうぐらい中心の動機と思うには弱いことですが、僕は自然なことだと思いますし、自然なことって、特に遠くから見れば弱くみえるんだと思います。

最後に塩尻の町の写真はまとめてここで見れます。平出の泉がすごく綺麗でした。

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家具

家具が家具になったのは、

作業分担のためかもしれない。

食事は森で。

例えば、食事は森で。

 

とれるところで、

とれるものを食べる仕組み。

あなたと僕

かたくなに、あなたがそもそもそうなのか。

僕がそう促してしまっているのか。

難しい。

正義とか矛盾とか / Justice, Absurdity...

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随分前から、正義というのは随分と範囲が狭いなぁと思っていました。

正義の反対は悪。悪はちょこっと良いことをしてもやっぱり悪だと言われますよね。でも、正義は少しでも悪いことをした瞬間に正義ではなくなります。正義と悪、反対の意味として捉えるには、ちょっと性質が違いすぎると思いました。

でも、善悪というぐらい、正義(善)と悪は昔から対照的に使われています。ということは、正義の反対が悪かどうかということを疑う前に、悪の反対としての正義の捉え方が違うのかもしれないと思いました。

つまり、これこれが正義であるというのは、何かの理由にはならない可能性があるということです。この実感は、僕たちの中に間違いなくあるように思います。が、逆にそれに従えず、その正義の理由付けに従っている現状もあります。

これは、正しいと誤りの間にも言えそうですね。正しいからというのは、正義と同様に理由にはならないのかもしれません。

では、正義とか正しいというものは、どういうことを言うんでしょうね。多くの人が良いと思うことかな。なんか違う気がする。あと、理由としては何がふさわしいんでしょうか。

わからないことは少し置いておいて、矛盾という言葉について考えます。矛盾って、これとあれが合致しないという状態を言うのですが、その話は矛盾しているという感覚は、ずれてしまった正しさを軸にした時、それは誤っているから正しくないじゃないかという感覚に因っているような気がしました。それって、前述の話を踏まえたとき、絶対的なものではなくなります。

そして、矛盾という言葉も昔からあります。つまりは、僕たちが捉えている意味が違っているんじゃないかと思いました。本当の矛盾って何だったんでしょうか。

最強の矛と無敵の盾。貫けない訳にはいきませんし、壊れる訳にもいきません。この話はこんな風に語られることが多いし、僕らの頭の中でもこの状況は想像できます。でも、ちょっと現実的に想像すると、矛と盾がぶつかったとき、何も結果がないわけがないですよね。貫けなくとも、壊れなくとも、現実的な可能性としては、どちらかが少しは傷つく、もしくはどちらとも全く傷つかないことが考えられます。で、これをもっと厳密に想像すると、水が石に穴をあけるように、傷がつかないはずがないんです。衝突は、何もないようでいて、きちんと影響があるものです。その影響がどちらに優位に作用するかは、時の運とまでは言いませんが、そのときの状況がそれを決めています。

ここから僕が想像できる、矛盾という言葉は、どちらに転ぶかわからないね、ぐらいの意味に近いと思います。その話、矛盾しているね。つまり、どちらかに可能性があるわけですから、矛盾という言葉で、その正誤を決めることは良くないのかもしれないと思いました。

矛盾しているけど、もしもやってみるのが良いと思うなら、やってみる。これが一番素直だと思います。あとは、矛盾しているからそれは駄目だよという考え方や決断は、やめた方が良いのかもしれません。

何かの時にも書きましたが、良いかどうかを感じることを思い出すことが、僕は第一歩だと思います。良いかどうかというのは、自分のことじゃなくて、自分を含めたその状況が良いかどうかを感じようとすることに近いんでしょうね。ちなみに、こういうことが許されない状況というのは、やっぱり少しおかしいと言えそうですね。

前回の話に引き続き、最近気になる、変わってしまったのかもしれない言葉の話でした。