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過食論 / Effect of Overeating

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主に外食での話ですが、食べる量が多すぎるのかもしれない、と最近よく思います。僕が、というよりか、ほとんどのお店で提供される食事の量が多いんじゃないかと。僕は2/3ぐらいにしても問題ないし、半分ぐらいでも結構平気な気がします。結果の一つを取り上げて言うと、肥満人口は増え続けているという実績をつくった社会があると言えます。

食事の量を決めているのは誰なんだろうと思いました。まあ端的に言えば、作っている人たちになります。ただ、彼らは、彼らの望む生活水準(以上)を満たすための経営をするにあたって、コストとサービスのバランスを決めています。その中で、売りたい量、つまり食べてほしい量が決まる訳です。コストパフォーマンスの高いものを提供している人もいたり、逆の人もいたりしつつ、個々の営業努力や経営方針によって色んなことが絡み合っているので、ボリュームの大小だけ取り出して考えるには、少し無理がありますが、それでも、それら全てをひっくるめても、ある生活水準を守るために必要なボリュームというのはあるのかもしれません。(お金持ちの趣味的なところは別で。)

では、提供する人の生活水準を守りながら、食べる量を減らそうとするとどうなるでしょう。食料の価値を上げるか、食料になる前の食材(とそれに付随するもの)の価値を下げるしかないのかな。食料の価値は上げたくないし、食材の価値が下がるのも困るなら、価値の転嫁を行うか、純粋に水準を守らないという手段になります。でも、なんというか、方向としては複雑になるしかないんでしょうかね。何かの代わりにどうとかこうとか、絡まることが良いことにも思えないんですよね。

ちょっとシンプルに考えてみます。の前に、何故、外食産業があるのか。これを考えてみます。簡単な話だと、僕なんかより料理人さんの方が食材に詳しくて、美味しい料理が作れる。しかも、僕が作る手間が省ける。さらに、複数人が食べることが前提なので、原料やエネルギーが効率的。この辺が、わかりやすい外食産業の良さですね。

では、その良さを上手く保ちながら、現状を変えて、肥満人口を減らすためにはどうすれば良いのでしょうか。(あ、肥満人口を減らしたいと言っているのは、その数字が変わると、色んな問題が解決される可能性があるからですよ)

今までの話の中で足りないことは、食べる人のことですね。このぐらい食べると良いという点。食べると良いというのは、成人した男子ならこのぐらいというような、あまり大雑把じゃない基準みたいなのがあると良いですよね。もう少し個々人によった基準。ただ、ストレス発散の食というものもあって、そのあたりが関わると、また複雑さが顔を出し始めてきます。

どっちにいっても、なかなかに難しい。でも、例えばですが、家庭内のお母さんのような、「あなた、このぐらい食べなさい」とか、「こんな時間に食べちゃだめよ」的な発言に沿うような食べ方って無いもんでしょうか。母の愛が成せる業なのかな。

と思いつつも、これは自分で決めるしかないんじゃないですかね。何をどのぐらい食べたのかは、誰も把握してくれないので。逆に言うと、自分で決めるしかないものが個人から社会に立ち表れた結果が、肥満増加な現状なのかとも思いました。それを助長するような、売れるから売るっていう仕組みになりすぎているのが駄目なのかもしれません。

これに乗って、自粛のゆるみの行き先を想像すると、まず食べる量が増えたとします。そうすると少しとばして、食材をたくさん運ばなければならない。運ぶなら、たくさん作らなければならない。作りきれないなら、輸入しなければならない。少しそらすと、食べる頻度が増えるなら、食事を提供する時間・場所を増やさなければならない。そして、これらのことをやろうと思うと、人手がたくさん(エネルギーも)必要になる。人手には、食べ物は必要だ。となると、食べる物をたくさん用意する。という具合に、ぐるっと回りました。スパイラル的に増える方向しかないのかもしれません。であれば、どこかでこの流れを断ち切らないと、食料が尽きる(ことがありえるかどうか、定かじゃないですが)まで、太り続けるしかないですね。それはちょっと怖いなぁ。最近だと、肥満対策に薬をつくるという動きが盛んになりつつあるのだそうで、それはまたスパイラルを強化してるなぁと思ったりしました。まあ、死にたくない気持ちはわかるんですが、難しいですねぇ。

というところで、個々人が少し歯止めをきかせることを考えるはじめる必要があるのかもと思いました。あとは、食べてほしい(売りたい)から売れるという仕組みを、売れるから売るっていう仕組みと明確に区別すると影響が結構あるかもとも思いました。局所的にはそういうお店もあるんだと思いますが、何しろ食べる人にとっては、人生の1食分の関わりでしかないので、その局所で影響を生み出すのは、今でも無くはないですし僕はそういうの大好きですが、それだけだと少し遠いのかもしれません。

そういえば、公的機関による飲食店格付けみたいな計画があったけど、どうなったんだろ。基準が曖昧になりすぎてぽしゃったのかな。

Sorry…

I had not translated it yet.

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