東京 / TOKYO

THIS ARTICLE IN ENGLISH

この前書いた都市と地方の話から、次に思ったことは、東京について。

東京でも野菜やお肉がつくられているから、地産地消でやっていけるという話を目にしました。新宿とか渋谷とか六本木の真ん中に立ってみれば、そんなことできそうにも無いと感じます。その強い印象を考えれば、地産地消できることに対して、それはすごいね!ってなるのは、まあ何となくわかります。が、それが改めて凄いことなのかどうか、ちょっとおかしなことになっていると思いました。

凄いとか凄くないとかじゃなくて、それを価値の真ん中付近に持てるかどうかを考えることを、地方とか東京というような地域に限らず、自分の周囲で(とか自分の中で)考えてみることが大切だと僕は思います。それが、真ん中付近に持てるなら、それを大切に生きていけば良いのだと思うのです。どっちもほしいと思った人は、もっと考え続けた方が良いと思います。ちなみに、僕はそうです(苦笑)

で、地方にばかり目がいきがちな今だからという訳じゃないのですが、そんな流れをみて何となく、上の話とは逆なんですが、ある地域によったこと、つまり僕が住んでいる東京について考えてみようと思いました。

東京ってやっぱり、かなり変ですよ。ある箱の中にいると、やりつくした感が満載という感じがするのですが、まだまだやってないことがたくさんあります。道路をつくるのをやめて、壊すことを考えるだけでも、畑をつくるとかじゃなく、ぐわっとやれることが増えます。もともとあるものに乗っかり過ぎな気がします。もともとと言っても、そう昔のことじゃないと思うのです。もっと流れによって育まれた、個性を大切に扱えると良いと思います。結果として、東京に日本らしさはなくなるかもしれませんが、もし万が一なくなるなら、それは既にそうなんじゃないかと思います。

生活する場で感じる日本らしさって何でしょうね。僕らの日常で感じる、違和感が無い状態がそれなんでしょうか。前提が何も無いに等しいので、時間かかりそうだな・・・。

もりそば、と、ざるそば / Mori-soba & Zaru-soba

THIS ARTICLE IN ENGLISH

暖簾をくぐり、
がやがやした蕎麦屋に入る。

空いた席に座り
「もりそばをください」
と言う。
お店の人は愛想良く
「はいよー」
と答えた。

出てきた蕎麦を食べ、
「ごちそうさま」
と言い、店を出る。


その風景を見て思う。
あの人が食べたのは、ざるそばだ。


唐突ですが、この話の裏側はとても面白いなぁと思いました。ざるそばともりそばは違う物であるという前提で、少し想像してみてください。食べる人、注文を聞いて届けた人、つくった人、それぞれの気持ちが交錯します。そして、それを見ていた自分(僕やあなた)はどう思うのか。

普段の暮らしの中で、こういった思いを感じる場面はたくさんあると思います。この話を手がかりに、そういう場面のことも色々考えてみると、自分がどういう風な思考を持って生きている(た)かに気がつけるかもと思いました。自分のことが気になるけど、僕と同様、よくわからないって方には面白いんじゃないかと思います。少しだけ。

漠然と政治・車 / Nebulous Politics and Car

THIS ARTICLE IN ENGLISH

まず政治について思いました。

もっと、それぞれが違うということを意識すると良いのかもしれない。

国籍や人種というもので分類されている僕たちですが、もっと細分化されていると意識できると良いんじゃないかと思いました。友達になれる人なれない人、好きな人好きじゃない人、そういう越え難い壁みたいなものを、明確ではないが必ず持っている僕らが、地域の違いに因るルールのみでやっていくことは難しいと思うのです。

ちょっと荒っぽいかもしれませんが、人生で大切にしたいことに因った分類を10個ぐらいつくって、それぞれでルールを考える。これを大切にしたい、と思い、それが自分の人生にきちんと働きかけるような、手応えみたいなものをきちんと感じられるようになるなら、とても良いと思うんです。お金の交換の中では無くなってしまっていることが、蘇るんじゃないかと思いました。相当に複雑になるでしょうが、意外と上手くいきそうな気が、漠然としました。

でも、漠然と思ったこれを反芻していると、やっぱり無理かもと思ったり。でもでも、そんなに遠くないような、そうでもないような。


次に、前にエコカーについて考えましたが、また車について思いました。

車に大きく名前を表示するっていうのはどうでしょう。仕組みはあんまり考えていませんが、所有者とそのときの運転手の名前が大きくどーんと。暴走族(今は、珍走団とかダサイ族って言うんですよね。)みたいですかね。

前にもほんの一文書いたのですが、車も自分証明ができると良いと思った物の一つです。事故とか、スピード違反とか、盗難とか、ひき逃げとか、車に関する問題や犯罪はとても多いですよね。車の持つ瞬間的な匿名性を無くすような仕組みがあると、とても良いと思ったんです。白黒はっきりしすぎでしょうか。でも、車のことって相当に大きいと思うんですよ。それがすっかり野放しで、免許にしても誰でも取れるようなものになっていたりするのって、僕はそれってどうなんだろうと思う訳です。

ちなみに、運転がいつまでも下手な人っていないんですか?僕はきっと下手です。下手というか、致命的なんじゃないかと思ってます。文字通り。

と書きながら、渋滞についてはその限りではないかもしれないという研究もあるそうです。何割かの違反者がいた方が、渋滞は解消の方向に向かうそうで。つまり、白黒はっきりさせて違反者が減ったとしても車に乗る人が減らないと、渋滞を促進しかねないっぽいです。なんか、複雑だ。

まあ、政治のことも車のことも、漠然と、なんで。言いっぱなしですんません。