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汲むこと / Having And Considering Everything

最近は、地域というものを地方と都市という大きな二つで捉え、その地方というものを見直そうという動きが盛んですね。内側の動きとしては地産地消とか地域ブランディングとか銀座あたりのサテライトショップ運営とか、外側の動きとしてはお土産や特産品を集めてどうこうみたいな企画とか雑誌なんかがよくあります。こういう、今までに見出されていなかったものを新しいものとして、より多くの人が知る機会をつくるようなことをもって、今まで培ってきた地方の良さを見直すというやり方が盛んなわけです。

これに対して、僕はあまり良い実感を持っていません。というのも、なんというか、今までは情報が集まっている場所において珍しいものを探していたのだけど、情報が集まっていない場所にそもそも珍しいものがあるじゃないか、っていうだけの話な感じがするのです。
この話の背景には、今までの広い方向性の視野だけじゃなく、もっと深い方向にも目を向けようというような流れを感じます。それはそれで良いようにも思うんですが、珍しいものを探すんじゃなくて、もっと違うやり方があるんじゃないかと思いました。珍しいものを探すような考え方では、そこの土地に住んでいる人の気持ちはわからないし、ただ知らないだけで珍しくもなかったということもあるんじゃないかと思うのです。思い入れとか動機とか主体性とか、そういうものがごっそり無くなってるように思えるのです。

昨年後半あたりから、地方ブランディング的なことを考える機会が続いています。僕がそれについて考えはじめてから、はじめに思い当たったことは今も変わらず大きなお題目として、僕の中で掲げられています。僕が思い当たったことは、「そこに住んできた人たちが得意なことをやりやすい状況をつくること」でした。

得意なことというのは、社会科の教科書に載っているような、桃が名産ですとか、い草がたくさん穫れますとか、そういったある価値観に沿ってある瞬間を切り取ったような数値が示していることではなく、もっと広く漠然とその地域においての今までの流れを、その時々の生活にまで思いを馳せ、積み重ねて考えていったとき、どういう種類のことが得意と言えるかということを捉えようと考えました。

そしてそれの足がかりとして色々と調べたり考えたりするうちに、その地域に住んでいない僕じゃなく、住んでいる誰かがどんな風に思いどういう動きをしていけば、その得意なことがよりやりやすくなるのだろうかという問いも出てきました。

そこで僕が思い付いたのが、「汲む」ということです。主に人に対して人ができる行動を思い起こしたときに、与えるとか教えるとか繋ぐとか伝えるとか届けるとか育てるとか助けるとか救うとか、そういう言葉のどれかを中心に考えようとすると、どうにも行動が限定的に感じられ、今の、都市部にあるようなサービス的なものでしかないように感じてしまいました。「やりやすい状況」というものは、状況よりも前に、既にやっていることがあるのです。それを限定的な行動を起こすことで、関係を醸成したりとか、連鎖を生んだりというようなことはできないんじゃないかと思いました。そんな中、汲むというのは、人に対して思いやるというような意味合いも大きく含みながら、何らかの行為とそれで何かに丁寧に接することを前提としている言葉だなと思ったのです。人の意を汲んだり、時代の流れを汲んだりすることを基盤に活動できるなら、それは素晴らしいことだと思いました。

加えて大切なことは、そこで生活している人の心持ちだと思います。その動機が無い限り、何かが続くことは難しいと思えます。

こういうことの先に、どういうことができるようになるのか。まだまだ考えていこうと思っています。

I had not translated it yet...
Sorry...

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