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メールとの距離感 / The Distance Between Us And Email

最近、ようやくiPhoneに慣れてきました。でも、やっぱりバッテリーが不安で不安で・・・。まあ、そんな不安は置いておいて。iPhoneって基本的には覗くためのツールだなと思います。データを取得するという期待をしているとやられるように思います。そんなiPhoneを持って、メールとの距離感について思うことがありました。

普段のコミュニケーションの中で、声をかけることと、手紙をもらうことでは意味が違います。メールは、どっちの意味合いに近いんだろうかと考えました。若ければ若い人ほど声をかけることに似ていて、逆に年を重ねている人にとっては手紙に近いものだと思っているように感じます。
メールが電話の新しい形だとすると、若い人の感覚の方が正しいのでしょう。逆に、メールの語源から手紙の新しい形だとすると、若くない人の方が正しいのでしょう。うーん。年齢によって違う解釈を抱えているのは、何か気持ち悪いもんですね。

で、僕が気がついたのは、たぶん、どちらも違うということです。声と手紙の一番大きな違いは、目に映る明らかなものがあるかどうかです。あ、電話だって履歴が残るとか言わないように。電話は、今や声になることができています。手紙は紙ですよね。メールは、携帯電話などのデバイス上に存在する、他者からの投げかけです。これが実は少しおかしくて、僕もこれに気がつくまではメールがまるで僕の手の中にやってきているように捉えていました。メールは、本当を言うと手元にきていません。いや、デバイス上に確かにきてるんですけど、実は受け取った人は手元にあると思っていないのに、そう解釈をしていないと感じました。
僕が思うに、受け取る側の受け取る責任みたいなものが、都合に合わせて強弱するからなんじゃないかと思いました。だから、声か手紙のどちらかによって解釈しようと考えて、個々人によって捉え方が変わるんじゃないかなと思ったのです。

じゃあ、なんなのかというと、受け取るものというよりは、主体的に見るものなんです。つまり、主体的に見ないというものにもできるのです。これがメールの正体だとすると、なんとも曖昧なものですね。新聞とか雑誌、駅の掲示板でもよいですが、そういうものと同じようなものだということになりますね。まあ、実際の使われ方として、なるべくすぐに返事を返すという方法で使われているので、やっぱり電話や手紙に近いものになっているのですけどね。

で、この話、どこに落ち着くのかヒヤヒヤな僕ですが、これに気がついてメールが今までよりもはっきりと、自分から距離のある存在だと感じることができたのです。だから何か変わるのかとかはわからないですが、はっきりしてすっきりした、という話です。

あと、iPhoneについてもう一つ。

iPhone使ってて、腑に落ちないことが一つあります。それは、ブラウザが落ちまくること。いや、落ちまくるっていっても、落ちた事なんてない携帯サイトや、ほぼ落ちないPCでのブラウジングと比較するとこういう表現になるっていう程度の話なんですが。

でも、そこから僕の想像ははじまりました。これ、部分的にはわざとなんじゃなかろうか?わざとと言うと悪意があるように感じますが、悪意があるんじゃなくて、その問題を解決することの優先順位があがらないのではと思いました。

iPhoneを使い始めてそろそろ4ヶ月。落ちる傾向みたいなのがわかるようになった感じがします。バックグラウンドで色んなアプリが動いていると落ちやすいってのが大きいですけど、普通のブラウジングで落ちるときって、バナーが多いサイトを見ているときな気がしました。

わりと前からバナーって意義が薄くなってないかと疑問視している僕だからなのかもしれませんが、広告としては、ぶっちゃけちょっと色んな所で使われすぎてると思うんですよね。そこかしこで同じバナーを見たりもするし、とにかくたくさんありすぎです。上の話と少しかぶりますが、広告からの情報の得方も色々あって、広告があったおかげで知る事ができた!っていうポジティブなこともあると思いますが、ここまで膨らんでしまった状態ならむしろ、主体的に得ようとするときに得られるのが広告という形に押し込めた方がまだましだと思ったりします。

インターネット上に限らず広告全般に言えることで、インターネットが普及してから一番変わったのは、情報を得る手段が格段に広がったことで、その広がりにあわせて大量にばらまくのではなくて、その広がりや繋がりを上手く使ってピンポイントに広告をしていくことが大切なのだと思います。そういう傾向に戦略立てているところも多いですけど、バナー枠を用意する側はそうでもないですね。

ちなみに、GoogleやらYahooやらmixiがやっているターゲットを絞った広告表示はまだまだ早いと思います。見る人のそのときの気持ちも汲み取れるようになってからやるのが良いと思いますよ。せめて体調ぐらいは考慮できないと。機嫌の悪い奥さんが八百屋の前を通ったとき、いつも通りに声をかける八百屋さんはいませんよ。まあ、そんな伺ってくるようなウェブサイトって、今想像すると相当気持ち悪いですが(苦笑)。

Recently, I have been catching on the iPhone. But I mind the battery of iPhone... Well, the iPhone is the tool what we look something data. We should not hope that we can get the data. So, I thought one thing.

The voice to someone is not the mail in our communications. I had thought which the e-mail is more similar to. The e-mail is similar to the voice for the younger people and the mail for the older people.
If the e-mail is new telephone, the young will be right. But the opposite will be true. I feel uncomfortable that the each understanding of us are different.

I thought that e-mail is not the voice and mail. The main difference between the mail and voice is what we can see it physically. We seem to get the e-mail. But truly we don't feel to get the e-mail. Because we have get the e-mail without our responsibility.

So the e-mail is not what we get, it is what we look. it means that what we need not to look the e-mail. The e-mail is similar to the news paper, magazine and the notice board of a station. Of course, the e-mail is not used like so.


Last, I have a feeling about iPhone.

It is too hard for me to understand that its browser often shut down. Apple may not fix it willfully. Advertising in the Internet will change soon.

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