力加減 / Control of Power

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前に書いたインターネットにおける丁寧さの話の続き。

マウスやキーボードといったインターフェイスでは、力加減が実現し難いんだと思いました。重いと思うもの、軽いんだなと感じるもの、その時々でそれを動かすときの力加減は、丁寧さには欠かせないはずです。タッチディスプレイとか、速度や方向を感知するものとか、そういう新しいインターフェイスも良いのですが、物理的なその感覚たちは精神的なものにも繋がるので、力加減を再現できるようなインターフェイスが出来てくると良いのではと思います。もう少し言うと、力加減を再現するには、大きさがあまり小さいとまた難しい。まあ、慣れてくれば平気でしょうけど、あまり小さくて難しいと慣れるまで使ってくれないのだろうと思います。

しかし、もしそういうインターフェイスがあるとすると、コンピュータの中のものだけど、物理的に存在する物をつくることと変わらない労力が必要になるのかもしれません。完全な複製は変わらず容易ではあると思いますが、違うものをつくり出すときのフォーマットとして使えないデータというか、コピー&ペーストできないデータというか、できないというよりも、やってもあまり意味が無いという感じかな。そのぐらい複雑な成り立ちが必要になるかもしれません。

それと、僕らが普段接している重力とか物理的法則とか、そういうものを無視できる世界において、コンピュータの中と日常の感覚との差異をどう感じるのかが気になります。黒ければ重そうとか、そういう心理は同じだと思いますが、大きいのに軽いとか、固そうなのに握ったら壊れたとか、そういうのが力加減をもって繰り返されるとそれはそれで危なそうです。でも、日常の感覚を超えたところから、新しいものが生まれる可能性はあるんじゃないかと思いました。

と、書いてみて思いました。壊れるとか、変形するとか、そういうことじゃないかもしれない。壊れることが無い世界で、何を起こすべきなんだろうか。この日常と同じで良いのだろうか。人間が知り得る範囲でのいわゆる自然というものをつくるということなのか?壊れるってどういうことだ?変化とは?うーん、難しい。それに話が逸れてる・・・か(苦笑)