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ウェブデザインについて / About Web Design

昨年、ウェブデザインについて、ある方から意見を求められたので、考えてみました。

ウェブは、今や僕らの生活に深く関わっていると言えます。世界中の最新ニュース、天気、地図、交通情報、買い物、日記、知人との交流、とにかく色んな事ができるようになりました。買い物については、ものを探す新しい視点を与えてくれた上に、僕らは随分楽に買い物ができるようになり、知人との交流については、今までに無かったインターネットを経由した新たな出会いも生まれるようになりました。
しかし、ほとんどの部分では、情報を閲覧する場所を焼き直したにすぎないと言えます。まあ、確かに早いし広いし多いのですが、それでも「俺は新聞でいい」って言う人がたくさんいることが想像できます。結局、焼き直しを脱するには、信頼性を伴った全く新しい使われ方が大切なのだと思います。ただ、ウェブが信頼を得るには大きな壁があります。ウェブはパソコンを出る事ができないのです。パソコンを触らない、ウェブを信頼していない人たちに直接語りかける事ができないのです。

その信頼をしていない人たちにとって、ウェブが信じるに足るものになるために必要なことを考えました。まず日常において、信頼性の高い情報とは何かを挙げてみます。
1. 自分がある情報を得ようと思い、期待通りの情報を得た時の情報
2. 信頼に足る人物から手段は問わず得た情報
3. 信頼に足る団体(企業や公的機関)から紙面及び口頭で得た情報
4. 自分の目の前で、多くの人が信頼している、と見える情報
5. 対価が必要な情報
ウェブというひとつの塊が、こういうポイントを新たにつくれたとき、ウェブは信頼を得ていけると考えます。重ねて書きますが、ウェブは信頼を得られていません。人の目に直接触れる影響力をまだ持っていないことが一番大きな理由だと考えます。ウェブを通して、社会や人に働きかける仕組みがもっと必要です。昨今のウェブ上に作られているコンテンツは、そういう意識の強く表れたものもたくさんありますが、人が情報を得るまでの流れを含めた、大きな意味でのインターフェイスが従来のものではなく、全く違うものになる必要があると僕は考えます。全体として、パソコンから出てくるのか、パソコンに呼び込むのかは、どちらが良いとも言えませんが、双方から歩み寄ったあたりに何かあるような気がします。

どういう形になるにせよ、ウェブデザインでより意識するべきだと思うのは、「人生の中で丁寧さを失いすぎてはいけない」ということです。あまりに膨大な情報を扱うことによる予期できない事態や、データやパソコンの持つ半永久的な無変化に、人々が日常の中で触れるとき、人々は本来持っている丁寧さを失っていると僕は感じています。だから、ユーザーの目に入る範囲では、丁寧さを失わせない情報構成や仕組み、ユーザーインターフェイスをつくっていく必要があると考えます。
少し抽象的な話になっているので、一例を挙げておきます。行き慣れた図書館を思い浮かべてください。自分が見たい本を探す過程で、何十冊もの本を取り出し探したとします。見つけた後でも、見つからなくても、取り出した本をもとあった所に戻しますよね。これは、目的の種類は問わず、みんなが持つ丁寧さが招く結果です。利便性を追求して得る何かよりも、この丁寧さを多くの人と共有することの方が、僕たちの人生にとってはとても大切なことだと僕は考えます。

Now the Web have related to our life very much. We can know many news, weathers, maps, traffics, and buy something, write the blog, connect to others. The new shopping have given us the new perspective to find something. The new connection have given us the new meeting through the Internet.
But the most contents is the recycled version. Although they are exactly quick, spread and huge, I can imagine the people who say "I read the newspaper." The Web need a whole new way. But there is a big problem. The Web can't come out in the PC. The Web can't relate directly to people who don't use the PC and don't trust the Web.

So I thought how to trust the Web. First, I cite some cases.
- The information what one want and get
- The information what one get from trusted the others by any ways
- The information what one get from trusted the organizations by a paper or orality
- The information what one can see that many people have trusted
- The information what someone make a price
If the Web make a point like above, the Web will be trusted by people. I say again that the Web is not trusted by people. There is an important reason why the Web doesn't have an influence what make people feel it. The Web needs more influences to a society and people. Of course, there have been some contetns what was made with the consciousness like this already. But the Web needs not only the content but also the new interface what include a whole flow till people can get some informations. We will need something exclude PC between the informations and the Web.

But even if there is a new flow or not, we should be very conscious of our graciousness. People lost it when they touch huge informations and invariable data in their life. So we should create the design, flow and interface to have their graciousness for people.
Above is abstract. I give an example. Please imagine a library. You will take many books from some bookshelves. Even if you could find a book or not, you will put them back. It is a result by our graciousness. It is more important for our to share this graciousness with many people than pursue the convenience.

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コメント

話がはずれてたらごめんね。 つい最近のことなんだけど、いつものように「オーナーさんいらっしゃいますか?」、とある携帯電話のグルメ(ラーメン)情報サイトの方から電話があったのね。 「タンタン麺が美味しいという評判を聞いたのでお店の情報をのせたい。」との依頼で、情報をのせたいという依頼なら(ケータイに限らず)今までも何回もあって、うちとしてはタダならどうぞ、という感じで対応してきたんだけど。 余計な経費使えないからね。 今回もそんな感じでお店情報(営業時間とか値段とか)を知らせておいたのね。 お休みとか値段とか変更になったらその都度担当者に連絡くださいということで。 今まで来た話はみんな、基本的な情報まではタダだけどそれ以上に宣伝したかったら有料だとか、最初から全部有料だとかだったんだけど、そのサイトはお店側からはお金をとらなくていわゆる一般のユーザーさんから月200円の情報料もらってるみたい。 その結果、今までのどんな広告よりも反応がいいんだよね。 もちろん、タンタン麺中心のオーダーなんだけど(少々不本意だが・・・ま、いいか。)、そのほとんどのお客さんがスープまで残さず食べてくれて、うちのタンタン麺を楽しんでくれてるんだよね。 結局、お店側がお金を積んで出した広告よりも、お客さん側がお金を出してまでも知りたかった情報の方が勝るということなのかな、と感じている今日この頃です。

はずれてないと思うよ。 お姉ちゃんの話は、情報を扱う仕組みとして良い仕組みだということもあるけど、関東圏だから成り立つとも言えるし、やっぱり携帯電話だからあり得るんだと思う。もちろん、料金を払って得る、信頼できる情報ということもあるけど、PCと違って携帯電話は皆いつも持ってるしインターフェイスとして手っ取り早いからね。でも、携帯電話では出来ないことっていうのもたくさんあるから、ツールとして携帯電話が発展して行っても良いと思うし、PCがそういう気軽さを持てるようになるってのも良いと思うという話です。ただ、それぞれが発展してみて、今の携帯電話やPCと同じようなものであるかどうかは、わからないなぁと思うよ。

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