iPod & PSP

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数週間、iPodやPSPに思いを馳せていました。それらが世界中に散らばって存在している様を想像していたら、まるで、小さな生き物のように思えてきました。

そう感じるという事は生き物としての素養はあるのだろうに、実際はとてもハイテクで、手に取るとやっぱり生き物には見えないし、例えば人が使っている様子を間近に見てもやっぱり生き物には見えない。
でも、もしかして、一つ何かをすれば、生きてはいないけど、さも生き物であるかのような存在に近づける事ができるんじゃないかと思ったのです。

無機物を有機的な存在にするために、目や口をつけてみようかとも思ったのですが、従来的な生物の要素を付け加えた所で、それは単なるキャラクター化にすぎません。何らかのはっきりとした形をした要素を与えるのではない方法が必要だと考えました。

僕は時々、ムシみたいな気持ちになって絵を描きます。それは、何かを描いてるわけではない、表現の対象の無い絵です。でも、描き上がったものを観た時や描いている途中、何故か生命を感じるのです。きっと、かっこ良いわけでもかわいいわけでもなく、画一でもないその様相が、僕が生命を見るときの視点を、僕に与えているんだと思います。

人は、見ようと思って何かを見るとき、無意識に視点を変えています。
「見る対象をある範囲の中のものであると認識(期待)し、その範囲の中で見ようと思って見る」のです。
その視点は、当然、無機物を見るときと有機物を見るときでは、認識している範囲が違うのです。

そこで、僕の描く絵で薄い膜をつくり、無機物を覆ったとき、その無機物は有機物に見えるんじゃないかと思ったのです。つまり、これで生物としての存在感を得られるんじゃないかと考えました。


可能なら、全世界のiPodとPSP全てに、それぞれ違った膜を用意してあげたいです。同じような模様で何パターンか用意して、何パターンあるのかはユーザーには伝えずに売るのも良さそうです。ユーザーはシールを買うとき、パターンがあることには気がつかないのですが、友人のiPodを見たとき、自分のと違う事に何となく気がつきます。種族は同じだけど、自分のものと他人のものとは違うものであるという認識を持たせることをしてみたいのです。