子供と人 /

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僕が子供の頃は、自分より随分背の高い
セイタカアワダチソウの生い茂った草はらを
わしわしとかきわけて、色んな遊びをしたものです。


先日、山手線に乗っていたところ、
三人組の小学生の男の子が乗ってきました。

少年たちはどこかを目指し、一列になって
大人たちでほんのり混み合った車両の中を
かきわけかきわけ歩いていきました。
その光景に、僕は自分の子供の頃の様子をダブらせていました。

何か懐かしいなぁと微笑ましさを感じた次の瞬間、
あることに気が付きました。
ん?ってことは・・・他人を人だと思ってない?

もちろん僕がセイタカアワダチソウにしたように、
蹴り倒したり、定規でビシビシ叩いたりはしないものの、
彼らの行動には他人に対する配慮はあまり無いように感じました。

また彼らの他に、数人の学校が違う小学生がいたのですが、
その両者の関係もまた、僕とセイタカアワダチソウの関係に
近いものでした。

僕はまた極端に田舎にすんでいたので
知らない同年代の子がいると、やや警戒してたりしてましたよ。
まあ警戒というか、仲良くなるなら仲良くなるぞって
かんじですけど。


都会の少年たちはこんなもんなんですかねぇ。
どうなんだろう・・・。


で、ちょっと想像してみました。

彼らはきっと、もう少し大きくなると
自分が知らない人と触れることは、
いくらかの危険があるかもしれない
ことを感じるでしょう。
また、自分の領域というものを感じ、
今ほどむやみに人に近づかなくなったりもするでしょう。

上の方に書いたセイダカな関係のまま、自分の都合だけで
危険を避け始めるって、何か凄いわがままだなぁと感じます。
そういうことを自然にさせてしまう環境があるってのは
僕はどうかなぁと思います。
少なくとも他人は他人であり、他人は自分と同じ人間である
と認識はするべきで、子供の頃の僕にとっての
セイダカアワダチソウと同じレベルじゃいけないと思うのです。

良い方向で、人なつっこい人になれば良いのですが、
大部分はなかなかそうなるとも思えず・・・

うーん。
女性専用車両も必要ですが、そろそろ子供専用車両ですかね。
いや、電車の乗り方か。
携帯電話のマナーとか言ってるより先にこっちでしょうと
思いました。
いや、遊び場が無いのも問題なのか・・・。
難しいですね。

40年の孤独 /

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こんなに、こんなにも、深い悲しみを感じたことは
久しぶりでした。

僕は今まで生きてきて、28年たって。
それでも孤独であることや、死ぬかもしれないということの
圧迫をほとんど受けずに生きてきて。
この孤独と不安は、小さな僕では受け止めることができず
そのときは、今にも泣いてしまいそうでした。
そして今は、泣いてしまいました。

自分が生き、自分が生きたいように生きること。
自分の肉親が生き、自分が肉親と生きたいように生きること。
自分の子供が生き、自分の子供と生きたいように生きること。
自分の知人が生き、自分の知人と生きたいように生きること。

すべてが当たり前で、すべてが可能であるはずで、
でも当たり前に無くなって、自分が思うように生きることすら、
死の恐怖と隣り合うことで、それがそうできない。

今日バス停で出会った一人のおばあちゃんは、
そう歩んできたような人生を話してくれました。

戦争でご両親が。
戦争でお子さんが。
寝ることが死ぬことと同一に。

今は一人で暮らし、習慣は続き、朝方まで眠れずテレビを見て、
3時間寝て、また一日がはじまる。
今日は池袋で食事を食べるんだと言っていました。

おばあちゃんの40年。
40年続く孤独。

おばあちゃんは、僕に日傘をさしてくれたんです。
別れ際に、何度も何度もありがとうって言ってくれたんです。
ニコってしてくれて、また会いましょうねって言ってくれたんです。

こんなにも悲しいことがあるんですね。
こんなにも悲しいことなんですね。
こんなにも深く、こんなにも不自由で。
とにかく悲しくて悲しくて。悲しくて悲しくて。

これが運?これが運命?
これが人生で、これが生きるということ?

抗うことも、流れることも、選ぶことも、決めることも、
全てにおいて余地のない、深い孤独と不安。

それに対することが有効であるとは思わないけど、
僕がここでこうしていられることに対する感覚。
驚きでもあるような、
虚無感でもあるような、
感謝でもあるような、
無力感でもあるような。

この深い悲しみは、
愛なのか、善なのか、
共感なのか、憤りなのか、
哀れみなのか、偽善なのか。

全てはとりとめも無く、
まとめることもできず、
何を考えているかわからない。
これを書いて何を言いたいってこともわからない。
ただ、どこかにむけておきたいと思いました。
この気持ち。